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総説

1.1 水理学・流体力学の発展

1.1.1 水理学と流体力学

水理学という呼び名は英語のhydraulicsの訳語として、主として土木工学および関連の分野で用いられている。機械工学の分野ではこの英語は水力学と呼ばれている。水理学と縁戚関係を有する分野は、理学・工学の中で非常に多い。流れを扱う分野は以下のようにみられ、これらの分野の共通の基盤をなすものがfluid mechanicsとか、hydroscienceと呼ばれるものである。

  • 物理学
  • 気象学
  • 海洋学
  • 機械工学
  • 航空学
  • 船舶工学
  • 化学工学
  • 農業工学

水理学は元来、経験の蓄積をもととした経験工学であり、現実の問題に対処することを旨としてきた。一方、流体力学はルネサンス期以降に特に発展を遂げた力学体系であり、理論的な統一性に重点が置かれてきた。したがって、流体力学は数学的に取り扱える範囲の題材を対象にしてきた。こうして、今世紀に至るまでは水理学と古典流体力学とは、それぞれ独自の道を歩んできた。

しかしながら、今世紀に入り航空学の進展とともに境界層理論・乱流理論が発達し、実在流体の力学が大いに進歩してきた。一方、実験的な手法・手段もおおいに進展して、流れの詳細な挙動が明らかになると同時に、新しい現象が次々に発見され、理論面に刺激を与えている。水理学も流体力学の成果をとり入れ、合理的な基盤を広げつつあり、新しい課題に対しては、流体力学的な手法をとり入れることが普通になってきている。一方、流体力学分野の研究者は現実の問題から研究課題への示唆を受けており、こうした形で双方の融合が進んでいるのが現況である。

1.1.2 水理学・流体力学の歴史

人類が定住社会へ移行した段階から、人々は組織的に水を利用し始めたといえよう。こうした歴史の黎明期には、水理学の公式は得られていなかったが、水利用および防災面においては経験的な事実を存分に活用し、生活を支えてきたことは想像にかたくない。水理学および流体力学の発展に寄与した概念の提案は枚挙にいとまがないほどであるが、典型的な例のみをとりあげる[1]。

  • 前4000年頃のエジプトとメソポタミアには、石積みのダム、水路を備えた港湾施設が存在していた。
  • インダス文明と黄河文明についても同様なことがいえる。
  • ギリシャの時代は論理的な思考の発達で有名であり、サイフォンの改良やArchimedes(アルキメデス)による浮力の原理の発見などがある。
  • ローマ時代は政治や法律などの実用学の発達で有名であるが、ローマの水道は配水管の長さと水頭との関係や流量の定量的予測の基礎原理などについては何一つわかっていなかった。

15世紀から16世紀にかけてのルネサンス期に力学が進展し、Leonardo da Vinci(レオナルド・ダ・ヴィンチ)による連続の定理の把握、静水力学の進展がみられた。近代的な流体力学の発展に必要であったのは、正しい力学上の概念の確立と数学的手法の発展であった。17世紀はNewton(ニュートン)に象徴されるように、動力学の確立期であった。

現代に直接結びつく形での流体力学、水理学は18世紀に入りBernoulli(ベルヌーイ)とEuler(オイラー)によりその基礎が据えられた。Bernoulliの定理は非常に有名であるが、非粘性・非回転流れの運動方程式よりこれを厳密に導いたのはEulerである。それ以後の発展は1.1.1に述べられたような展開をたどった。

日本においても水理学が成立するに至ったのは最近のことであるが、水工学に関する実務は古くから実施されてきた。

  • 仁徳天皇による茨田堤の築造(西暦323年)をはじめとして、安土・桃山時代から江戸時代にかけても宇治川、釜無川、木曽三川、利根川などで治水・利水工事が行われた[2]。
  • 本格的な水理実験室の完成は1932年(昭和7年)の内務省土木試験所まで待たねばならなかった。
  • 日本語における書物としては1933年(昭和8年)における物部長穂の「水理学」が最初のものである[2]。

1.2.1 ハンドブックの位置づけ

ここでは土木工学ハンドブックの内容に関係の深い、土木学会の水工学分野の出版物をあげる。土木工学ハンドブックでは紙数の制約が厳しく、すべての内容を丁寧に説明するわけにはいかないからである。したがって、本書の記述は土木学会の出版物を前提とし、これらを参考文献として用いることにより効率よく、わかりやすい記述となるよう工夫されている。さらに詳細な内容とか、関連する事項に興味のある読者は、土木学会が監修・編集している以下の資料などを参照して頂きたい。

  • 「水理公式集」
  • 「水理公式集例題集」
  • 「新体系土木工学」のうちの水理・水工部門(21巻〜26巻、72巻〜74巻、77巻、79巻〜83巻、85巻)

1.2.2 水工学の展望

現在の日本はさまざまな意味で転機に立っている。

  1. 国際化
    • 産業構造が重厚長大型から軽薄短小型へ移行していること
    • 輸出依存型から内需主導型への転換が叫ばれていること
  2. 高齢化社会の到来
    • 新税制の導入が議論されたり、シルバーブーム計画などが登場
  3. 都市化
    • 総合治水、ウォーターフロントなどの話題

上述の3つの課題は現在から21世紀にかけての課題であり、水工学もこうした課題に答えられてこそ、次の世紀での発展が期待できる。社会基盤施設の建設にあたっては、価値観の多元化を考慮したうえで、質の高い生活環境の創出が求められている。水工学においても、以下のような展開が望まれている。

  • 流体力学に基礎を置いた解析体系の高度化、精密化
  • 予測・計画に関連する技術の進展
  • 都市の生活環境のように総合性の高い課題においては、都市計画、美観、心理的要因などを含む幅広いアプローチ
  • 人間の多面性を考慮に入れた展開