流体力、流力振動およびキャビテーション
9.1 流れの中の物体の受ける力 (Fluid dynamic forces exerted on immersed body)
9.1.1 物体のまわりの流れと流体力
流れの中に置かれた物体には、物体表面での圧力および表面摩擦 (せん断応力) の合力としての流体力が作用する。この流れ方向成分を抗力 、流れに垂直方向の成分を揚力 と呼ぶ。物体が流線形をしている場合には抗力は主に表面摩擦によるが、物体表面で流線の剥離が起り、後流を形成するにぶい物体では物体前後の圧力差が抗力の主な原因となる。流れが非定常の場合や、物体が流体の中で非定常運動する場合には付加質量力が働くが、これは流れ方向の力でも、通常抗力とは別の扱いをする。重力場では浮力も働くが、これについては2.5に詳述する。
9.1.2 完全流体の力学から結論される原理
完全流体中に置かれた2次元物体ではせん断応力は無視され、物体の単位長さに働く流体力は次の圧力の積分より計算される。
X = - \int p dy, \quad Y = \int p dx \tag{9.1}
に関する積分は重力場では浮力となる。その他の項の積分には2次元の場合には複素ポテンシャル理論が利用できる。
複素速度ポテンシャルを 、複素座標を とかくと、 に関する項の積分は次のようになり、付加質量に関する流体力が求まる。
X_1 + i Y_1 = - i \rho \int \frac{\partial w}{\partial t} dz \tag{9.2}
に関する項の積分は次のようになる。
X_2 - i Y_2 = i \frac{\rho}{2} \int \left( \frac{d w}{d z} \right)^2 dz \tag{9.3}
これを Blasius の第1定理あるいは Lagally の定理という。さらに物体に働く流体力のモーメント は
M = - \frac{1}{2} \operatorname{Real} \left[ \int \left( \frac{d w}{d z} \right)^2 z dz \right] \tag{9.4}
より計算できる。これを Blasius の第2定理という。
いま 軸に平行な一様定常な流れを考えてみる。定常なので となる。さらに も となる。すなわち「定常一様な完全流体の流れの中に置かれた物体には抗力が働かない」という D'Alembert (ダランベル) の背理が導かれる。これは粘性を無視したことにより、物体表面に摩擦抵抗が存在すること、および粘性によ り境界層が剥離して物体背後に後流が形成されることとを無視したことによる。完全流体の力学で後流域を表現する試みもいくつかあるが、必ずしもうまくはいっていない。
は最終的に
Y_2 = L = \rho U \Gamma \tag{9.5}
となり、これより物体に働く揚力が計算できる。これを Kutta-Joukowski (クッタ・ジュウコフスキー) の定理という。ここに、 は物体周りの循環 (物体表面の流速の反時計回りの周積分) である。円柱の場合、回転させると循環が発生し、流れに直角方向の流体力が働く。これを Magnus 効果という。翼の場合には、運動開始時に翼の後縁での流速の上下不連続により出発渦が放出され、これにより翼のまわりに循環を生じ揚力が発生する。一般的な形状の物体については循環 を求めることは容易でなく、その場合には次のような揚力係数 を導入し、実験的に の値を決める。
L = \frac{1}{2} \rho C_L U^2 A \tag{9.6}
ここに、 は代表面積である。
物体の後流域が発達すると、その境界に沿って互いに反対回りの渦が交互に放出されていく現象がみられる。これをカルマン (Karman) 渦列という (図-9.3)。渦がこのように安定に配列する条件は完全流体力学で議論でき
\frac{b}{l} = 0.2806 \tag{9.7}
となる。渦列の流体に対する速度 は
\frac{v}{U} = \frac{\pi}{2} \tanh \frac{\pi b}{l} \tag{9.8}
となる。 は個々の渦の強さである。このとき物体の単位長さに働く抗力 は
D = \rho \Gamma U \left[ 0.7936 \left(\frac{v}{U}\right) - 0.3989 \left(\frac{v}{U}\right)^2 \right] \tag{9.9}
となる。円柱の場合、実験より求まる値 、 ( は円柱径) を用いると、後述の抗力係数 が 0.91 と計算される。
渦は周波数 で1対放出される。渦が1つ放出されるたびに物体周りの循環は 変化するので揚力が周期的に変化することになる。渦の周波数 はストローハル (Strouhal) 数
St = f d / U \tag{9.10}
で説明され、物体形状別にレイノルズ数の関数として与えられる。円柱の場合の は図-9.8に示す。
9.1.3 非定常の流体力
流れが非定常の場合や物体が非定常運動する場合には、非定常性に起因する流体力が働く。質量 、体積 の物体が非定常の流れ の中で速度 、加速度 の運動をするときの運動方程式は次のようになる。
m \ddot{x} = \frac{1}{2} \rho A C_D |U - \dot{x}| (U - \dot{x}) + \rho C_m v_0 \left( \frac{dU}{dt} - \ddot{x} \right) + \rho v \frac{dU}{dt} + F \tag{9.11}
ここに、第1項は物体と流れとの相対運動による抗力項で、 は物体の投影面積である。第2項は物体が周辺の流体を加速することにより周辺の流体より受ける反力である。 を付加質量、係数 を付加質量係数と呼ぶ。 は基準体積で、通常は物体の体積 をとる。第3項は流れの加速度に伴う圧力勾配に起因する力である。 はその他の外力である。
この式からわかるように、物体が加速度運動する場合には、物体の加速度の項 にかかる係数は 、流体が加速度運動する場合には流体の加速度の項 にかかる係数は となる。ポテンシャル理論より与えられる の値を表-9.1に示す。
表-9.1 ポテンシャル理論による付加質量係数 (Added mass coefficients derived by potential theory)
物体形状 | |
---|---|
球 | 0.5 |
無限円柱 | 1.0 |
楕円柱 : 流れに平行な主軸 | 、: 軸と流れのなす角度 |
流れに直角に置かれた平板 | 1.0 この場合、 は平板の幅を直径とする円柱の体積とする。 |