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河川計画論

河川計画と土木計画学

ここでは、河川計画に関連する基礎的な内容をまとめた後、河川計画、河川工学と土木計画学との関わりについて述べる。そして事例として、氾濫時の交通問題の研究を紹介する

河川整備基本方針と河川整備計画

河川の管理に関する基本法が河川法であり、1997年に、河川法の目的の中に「河川環境の整備と保全」が追加され、河川の整備計画制度の改正などを含む大幅な改正が行われている。河川整備において、基本的で長期な目標を示す河川整備基本方針 (fundamental policy for management of river) と当面の実施目標、具体的な整備内容を示す河川整備計画 (river infrastructure development project) の二つに区分される。

「河川整備基本方針」は、水系ごとの、後述する基本高水、計画高水流量など、河川工事および河川維持についての基本となる方針を定めたものである。河川法の改正後では、自然環境の保全や河川空間の利用の考え方を導入し、地域住民や関係機関と連携して、健全な水循環系を構築するための取り組みや、個性ある川づくりをすることとしている。河川整備基本方針の策定に当たっては、客観的かつ公平なものとする必要があるため、一級河川では、国土交通大臣が社会資本整備審議会の意見を聞いて定める。二級河川において、都道府県河川審議会を置いているところでは、当該審議会の意見を聞かなければならない。

「河川整備計画」は、河川整備基本方針に沿った具体的な河川整備の計画である。河川整備計画の案を作成しようとする場合には、河川管理者は、必要に応じて河川に関する学識経験者(河川工学の専門家だけでなく、河川に関係するさまざまな分野の学識経験者)の意見を聞かなければならない。そして、地方公共団体の長や地域住民らの意見を聞いて定め、これを公表することになっている。作成に当たっては、さまざまな住民の意見を、いかに平等に集約するかが課題となっている。

河川基本高水と計画高水流量

河川整備の中でその根幹となるのは治水計画である。治水計画では、防御の対象とする洪水を定め、その対策を定めていく。洪水の規模である計画安全度を決め、それを基に、防御の対象流量である、基本高水、計画高水流量を決めていく。

治水計画の計画安全度は、対象とする水系について、河川の規模、氾濫区域の重要度、既往洪水による被害の実態、経済効果などを総合的に勘案して設定する。計画安全度は、洪水の発生する年超過確率で表現され、大河川で 1/100〜1/200、中小河川都市部で 1/50〜1/100、その他の河川で 1/10〜1/50 程度の規模が採用されている。計画安全度の評価は、流域に降る降雨量に基づく方法(降雨確率)と、河道を流下する洪水流量に基づく方法(流量確率)とがある。データの蓄積があること、河道の変化や氾濫による影響を直接受けないことなどから、降雨確率による方法が多く用いられている。

基本高水(design flood)は、河川の洪水防御計画を検討する際に対象とする洪水であり、流域から流出する、基準点での流水の流量ハイドログラフ(流量–時間曲線)で表される。その流量ハイドログラフを基本高水流量というが、通常、そのビーク流量が基本高水流量と呼ばれ、これを略して「基本高水」ということが多い。

基本高水を降雨確率手法により設定する場合は、過去の流域内の降雨資料を整理検討し、統計解析を行い、実績の降雨を適宜引き延ばすことによって計画安全度に対応する超過確率の計画降雨を設定する。計画降雨は降雨の量ばかりではなく、降雨の時間分布、地域分布も併せて表現する。計画降雨は、通常、単一の降雨形でなく、さまざまな時間分布、空間分布を有する降雨群として設定される。つぎに、これら計画降雨群を基に流出解析を行ってハイドログラフ群を求め、カバー率の検討などを行い、基本高水を定める。

計画高水流量(design flood discharge)は、洪水防御計画における河道計画策定のための流量であり、基本高水を洪水貯留施設などにより調節した後に河道に流す計画流量に相当する。計画高水流量は、貯留施設の直下流での洪水調節効果相当分を各地点で低減させるのではなく、洪水流出モデルを用いて洪水調節後の下流の各地点での流量として評価する。

河川災害の予測とハザードマップ

コンピューターの発達や地盤標高などの各種数値データの整備が進み、河川災害の予測には、通常、数学モデルに基づく数値シミュレーションが行われる。数値シミュレーションモデルにはさまざまなものがあり、対象とする事象や対象地域の地形条件、計算時間、要求される結果の解像度などによって、その手法が選択される。

河川災害を予測するには、降雨を外力として、まず、それによって発生する河川洪水の流量や水位を予測する。各種水文モデルによって斜面から河道までの流出流量を計算し、それを横流入流量として河道内の一次元解析を行う。

洪水の流況がわかれば、それを基に、河川からの越流による氾濫や河川堤防の破堤による氾濫を予測することができる。ただし、破堤氾濫に関しては、発生箇所を予測するのは困難であることより、発生箇所をあらかじめ想定した上で影響範囲を予測することが一般的である。

堤内地での越流・破堤氾濫を予測する際には、通常、連続式と平面場の2方向の運動量式から構成される浅水方程式を基にした平面二次元の非定常流解析を行う。なお、河道の洪水流が堤内地への流入量によって大きく影響を受ける場合には、堤内地の二次元解析と河道の一次元解析を同時に進める解析法もある。

特に、都市域での氾濫現象を予測するに当たっては、降雨流出、洪水の発生と流下、氾濫、そして下水道による排水という水の動きを連続的に捉えて、流出解析、河道の洪水解析、氾濫解析、下水道解析を組み込んだ統合型のモデルを作成する。その際には、建造物による流れの遮断や道路に沿う流れの伝播を考慮する。また、場合によっては地下街や地下鉄といった地下空間の浸水解析もモデルに組み込む。

このようなモデルを用いたシミュレーション解析によって、豪雨によって、街のどこで、どの程度の浸水が発生するかを地下空間も含めて予測することが可能となる。

このような氾濫シミュレーション解析の技術を基にして、洪水ハザードマップ(flood hazard map)が作成されている。洪水ハザードマップは、主として、計画降雨発生に伴う洪水により堤防が破堤した場合の浸水予想マップをベースに、浸水予想区域、最大浸水深、浸水実績、避難所、情報伝達経路図などが記載されている。複数の破堤箇所を想定しているものは、氾濫水の範囲、水深を包絡して示している。さらに、避難路や避難方向、避難に関する注意事項が記載されたものもある。

また大都市部では、短時間豪雨により頻発する内水氾濫を受けて、内水氾濫のハザードマップの作成が進んでいる。

河川計画と土木計画学

河川・流域、特に都市河川流域において、河川管理と都市計画・地域計画を互いに連携させて水害に対する流域の安全性の向上や健全な水循環系の構築を図ることが重要な課題となっている。河川整備とコンパクトシティなどのまちづくり政策を組み合わせて健全な都市の構築を図ることが重要な課題となっている。すなわち、河川計画、都市計画・地域計画は独立した計画として個別に進められるのではなく、実効性を高めるには、両者の連携・融合が不可欠である。

例えば、流域の水害リスク低減を図るには、治水施設の整備といったハード対策に加えて、さまざまなソフト対策を組み合わせる必要がある。ソフト対策には、避難や土地利用規制などが挙げられる。避難時の人間行動の分析や避難所、避難経路の適切な配置を考慮した避難システムの構築には、土木計画学の知見やアプローチがきわめて重要となる。また、土地利用規制については、将来の都市構造の変化を考慮した土地利用分析に基づいた考察が必要であり、ここでも土木計画学の果たす役割は大きい。さらに、洪水氾濫の際には交通障害が発生するが、その分析や対応策を考えるに当たっては、河川工学・土木計画学の連携が必要となる。

河川計画の評価制度

河川整備計画·評価制度の概要

1997(平成9)年の河川法改正により、河川管理者は、長期的な視点に立った河川の総合的な保全と利用に関する基本的な方針を示す河川整備基本方針と20~30年後の河川整備の目標を示す河川整備計画を策定することが義務付けられることとなった。

河川整備基本方針は当該水系に係る河川の総合的な保全と利用に関する基本方針に加え、基本高水や計画高水流量配分等の河川整備の基本となる事項を定めるものである。

一方、河川整備計画は、その策定過程において関係住民の意見を踏まえながら、具体的な整備の目標や整備実施に関する事項(工事・維持の目的、種類、施行場所など)を定め、個別事業を含む具体的な河川の整備内容を明らかにするものである。

河川整備計画に沿って、個別の整備内容が事業化される際、事業の効率性および実施過程の透明性の確保を目的として事業評価が実施される(国土交通省が所管する一級河川の直轄整備事業を対象とする)。事業評価は、原則として事業の実施に係る意思決定の段階に応じて実施される。

https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai1kai/dai1kai_siryou6.pdf

https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/kasen_hyouka/dai001kai/dai001kai_siryou3.pdf

https://web.pref.hyogo.lg.jp/ks04/documents/h24kasennseibikeikakutoriatsukai.pdf

河川整備事業の段階的評価システム

公共事業の段階的評価システムは、2001(平成13)年に導入され、その後も継続的に高度化、効率化が図られている。現在では、実施時点の順に「計画段階評価」、「新規事業採択時評価」、「再評価」、「事後評価」の4段階で実施されることとなっている。ここでは、河川整備事業の各段階における事業評価について、その概要を順に説明する。

計画段階評価

計画段階評価は、事業の必要性や内容の妥当性の検証を行うために、政策目標評価型事業評価の一環として2010(平成22)年度より新たに導入された事業評価であり、原則として新規事業採択時評価の前段階において実施される。

河川およびダム事業における計画段階評価では、以下の視点から評価が行われる。

  • 流域および河川の概要(流域や河川の概要、整備の経緯等)
  • 課題の把握、原因の分析
  • 政策目標の明確化・具体的な達成目標の設定
  • 複数案の提示・比較評価

なお、河川整備計画の策定や変更において、事業内容に関する複数案の比較評価を行い、学識経験者らから構成される委員会等および都道府県の意見聴取を経ている事業については、計画段階評価においてその評価結果を活用することが認められている。

新規事業採択時評価(事前評価)

事業の予算化段階において実施される事業評価が新規事業採択時評価(事前評価とも呼ばれる)である。新規事業の採否や優先度の決定を目的とする評価であり、重要度は高い。事前評価においては、事業の投資効果や事業の実施環境を視点とし、施設整備等のハード面だけでなく、それ以外のソフト面も含めた幅広い範囲から原則として複数案を対象として評価が行われる。

河川およびダム事業における事前評価は、以下の項目に基づいて行われる。

  1. 災害発生時の影響
  2. 過去の災害実績
  3. 災害発生の危険度
  4. 地域開発の状況
  5. 地域の協力体制
  6. 事業の緊急度
  7. 水系上の重要性(河川事業のみ)
  8. 災害時の情報提供体制
  9. 関連事業との整合
  10. 代替案立案等の可能性
  11. 費用対効果分析

河川およびダムの環境整備に係る事業にあっては、上記の項目4、5、6、9および11に加えて

  • 河川環境等を取り巻く状況
  • 河川およびダム湖等の利用状況

も評価される。

なお、11の費用対効果分析は「治水経済調査マニュアル(案)」等に基づいて実施される。

再評価

再評価は、事業採択後一定期間を経過した後も未着工である事業や事業採択後長期間が経過している事業等を対象とする事業評価である。再評価では、事業の継続に当たり、必要に応じその見直しを行うほか、事業の継続が適当と認められない場合には事業中止の判断がなされる。再評価の視点および項目は、以下のように整理できる。

  1. 事業の必要性
    • 事業を巡る社会経済情勢等の変化(事前評価項目1~5および9、環境整備事業の場合は加えて12、13)
    • 事業の投資効果(事業全体の投資効率、残事業の投資効率およびそれらの感度分析)
    • 事業の進捗状況(事業採択年、用地着手年、工事着手年、事業進捗状況等)
  2. 事業の進捗の見込み
    • 今後の事業スケジュール等
  3. コスト縮減や代替案立案等の可能性
    • 代替案の可能性の検討
    • コスト縮減の方策等

再評価後5年経過しても継続中の事業に対しては、再度、再評価が実施され、継続/中止の意思決定が行われる。

事後評価

事後評価は、事業完了から一定期間(5年以内)が 経過した事業を対象に実施される。事後評価の目的 は、事業完了後の事業の効果·影響を確認し、評価に 関連するデータを蓄積するとともに、当初事業計画. 事前評価と実際の状況との比較を行い、計画·評価手 法等に関する新たな知見を得ることである。事後評価 の結果が当初見込みと違う場合は、その要因を分析 し、必要に応じて改善措置を実施するとともに、計 画·評価手法等の見直しに反映させる。事後評価の視 点および項目を、以下に示す。

  1. 費用対効果分析の算定基礎となった要因(費 用,施設の利用状況、事業期間等)の変化

    • 事業着手時点の予定事業費、予定工期、費用便益比
    • 完成時点の事業費、工期,費用便益比
  2. 事業の効果の発現状況

    • 計画上想定される事業効果と完成後確認された事業効果、およびその他の事業効果
  3. 事業実施による環境の変化

    • 自然環境の変化
    • 環境保全対策等の効果の発現状況
  4. 社会経済情勢の変化

    • 事業に関わる地域の土地利用,人口,資産等の 変化
    • その他,事業採択時において重視された事項の 変化等
  5. 今後の事後評価の必要性

    • 効果を確認できる事象の発生状況
    • その他、 改善措置の評価等再度の評価が必要と された事項
  6. 改善措置の必要性

  7. 同種事業の計画·調査の在り方や事業評価手法 の見直しの必要性

事後評価の結果、 その後の時間の経過,改善措置の実施等により効果の発現が期待でき、改めて事後評価を行う必要があると判断した事業には再事後評価が実施される。また、改善措置,再事後評価がともに必要ない場合は、「対応なし」と判定される」

河川計画·評価制度の特徴と課題

河川整備に当たっては、水系全体を計画単位として 捉え、治水,利水、環境にわたる総合的な観点から計 画が策定され、長期間にわたって段階的に整備が進め られる。一方、(新規採択時評価以降の)事業評価で は、一連の整備効果を発現する区間を評価単位と定 め、基本的に個々の事業ごとに評価が行われる。この ことから、計画段階と評価段階で単位のとり方が異な ることがわかる。特に,治水計画·整備では、流域の 資産集積や土地利用の状況等を総合的に勘案し、本支 川. 上下流および左右岸の治水安全度のバランスを適 正に確保しつつ、適切な時期·順序で段階的に整備を 進めることが重要となる 。そのためには、個別事業 の評価において、関連事業との整合性を適切に評価に 反映すること、また、個別事業の評価結果を踏まえ、 河川整備計画の内容を随時確認し、必要に応じて適宜 見直していくことが必要である。

公共事業評価制度の導入から15年ほどが経過し、 事後評価に関するデータの蓄積も進んでいる。評価を 通じて得られた知見を、同種事業の計画·調査の在り 方や事業評価手法の見直しに反映させることは事後評 価の目的の一つとされるが、現状では個別事業ごとの 定性的な評価に基づいて、「見直しの必要性なし」と 報告されるケースが大半である。今後は、可能な限り 定量的データを収集し統計的分析を行って、計画およ び事業評価手法の問題点を明らかにするとともに、その改善を図っていくことが望まれる。

住民参加型の河川計画

住民参加の背景と意義

日本社会が高度成長期を終えて成熟化するにつれて、人々が河川管理に求める役割や機能も徐々に多様化・高度化してきた。特に、多様な自然生態系、人々の憩いや交流の場としての親水空間等、河川が有する多様な価値への関心が高まる中、従来の治水・利水に加えて、良質な水環境の保全や整備が重要な課題となってきた。一方、全国各地において、NPOやボランティア団体等による河川清掃や環境保全等の活動が活発化しており、河川管理を進める上で、いかにして地域住民や市民組織による自発的・協力的な活動を促進し行政と住民との協働を実現するかが模索されてきた。

1997(平成9)年の河川法の改正は、こうした背景の下、治水・利水・環境の総合的な河川整備を目指したものであり、河川管理の目的に河川環境の整備と保全を加えるとともに、河川整備計画の策定において、地域住民の意向を反映する手続きが規定された。すなわち、同法第16条第2項において「河川管理者は、河川整備計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催など関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない」と定められており、住民参加の仕組みが法的に位置付けられた。

具体的には、河川整備計画の原案作成に当たって、あらかじめ有識者の意見聴取を行うとともに、関係住民の意見を聞いて、原案を提示する。そして、改めて有識者や住民の意見を求め、その意見に基づいて計画案を策定する。その上で、関係都道府県知事の意見を聞き、河川整備計画を決定することとしている。河川法の改正以降、住民参加の手続きを導入し、河川整備計画の策定を進める事例が全国的に増えてきた。

さらに、2011(平成23)年の環境影響評価法の改正に伴い、戦略的環境アセスメント(strategic environmental assessment、SEA)の手続きが導入されており、上位の計画段階から、地域住民の意見を踏まえて環境評価を実施することが求められている。こうした背景の下、河川整備計画においても、地域住民が計画策定のより早い段階からそのプロセスに参加・関与する機会が増えつつある。

住民参加の目的は多様であるが、その重要な意義として、以下の点が挙げられる。

  1. 地域住民の河川整備・管理に関わる意見やニーズを可能な限り汲み取り、河川整備計画に反映させることによって、より質の高い河川整備・管理を実現すること。特に、地域住民は、当該地域がその河川とどのような関わり合いを持ってきたかに関する地域固有の歴史的・文化的な知識を有している場合が少なくない。こうした地域固有の知識を河川計画に反映させることが、住民参加の重要な意義である。
  2. 地域住民が河川整備の計画策定プロセスに参画することを通じて、住民自身において河川整備・管理の担い手として責任感や愛護意識が育まれる場合がある。こうした教育的効果は、地域住民が河川管理に継続的・協力的に取り組む上で重要である。
  3. 河川整備の計画策定プロセスを広く社会一般に公開することによって、計画策定プロセスの公正性・透明性を高め、河川整備事業の実施に関わる関係者間の合意形成を促進することが期待される。

ただし、大規模な河川整備計画になるほど、関係者全員の合意を得ることは実質的に困難であり、合意形成自体を目的に住民参加を進めることは、河川整備に関わる計画プロセスの遅延化・形骸化を招くことにもなりかねない。この点については3.3.4項で再度述べる。

住民参加型の計画策定プロセス

図3.7に、住民参加型の河川整備計画の標準的な計画策定プロセスを示す。このプロセスは、「公共事業の構想段階における計画策定プロセスガイドライン(以下、ガイドライン)」および「河川事業の計画段階における環境影響の分析方法の考え方」の提言に基づく標準的な手続きを示したものである。

まず、河川管理者は、河川整備の長期的な方向性を示した「河川整備基本方針」に基づいて、当該事業の目的や検討の進め方等を明確化し、河川整備の計画検討に着手することを一般に公表する。

次に、河川整備に関わる現状や課題を整理し当該事業の必要性を明確化する。その際、地域住民や一般の関係者の関心や意見を収集し地域固有の実情を把握するとともに、事業の必要性や課題について住民・関係者間でできる限り共有化することが求められる。

その上で課題の解決に向けて、治水・利水・環境に関わる代替案を複数設定する。例えば、目標安全度(1/100年確率等)や目標流量(1000m3/s等)等を設定しダム建設、河道掘削、湿地再生等の具体的な方策やそれらを組み合わせた代替案が検討・設定される。

それとともに、複数案の評価項目として、社会・経済・環境面等のさまざまな観点を考慮した項目が設定される。これらの段階においても、地域住民や関係者の関心や意見を踏まえて、地域の実情に即した複数案や評価項目を設定することが重要となる。

河川管理者は、そうした評価項目に基づいて、複数案の優位性を評価しその結果を住民や関係者に公表・説明する。それとともに、住民や関係者の意見を把握し、必要に応じて彼らの意見をどのように判断したかを説明することが求められる。

こうしたプロセスを経て、河川管理者は、河川整備計画の最終案を決定することとなる。

このように、住民参加型の河川整備計画策定プロセスにおいては、河川管理者と住民や一般関係者との間でさまざまなコミュニケーションが展開する。「ガイドライン」によれば、コミュニケーションの内容は、大きく1)情報提供、2)意見把握、3)意見の整理と対応の公表の三つに大別される(図3.7参照)。

第一に、河川管理者は、住民や関係者が当該計画に関わる理解を深めるために、広報資料やホームページ等を通じて、必要な情報を適切に提供することが求められる。特に、一般の住民や関係者は、当該計画に関する情報を必ずしも十分に有しているとは限らない。住民や関係者が当該計画の内容について適切に理解する上では、その内容を適切なタイミングでわかりやすく説明する必要がある。

第二に、河川管理者は、住民や関係者が当該計画に対して意見を述べる機会を適宜確保し、彼らが当該計画に対してどのような関心や見解を持っているかを把握することが求められる。その際、住民や関係者のさまざまな意見を偏りなく網羅的に把握し、当該計画に関わる論点を洗い出すことが重要である。意見把握の方法として、例えば、計画案の縦覧期間を設けて意見を募集する方法、関係者への直接的なヒアリング、アンケート調査の実施、ハガキやファックスによる意見募集等がある。

第三に、河川管理者は、住民や関係者間の当該計画に関わる議論の場を適宜設定し、こうした議論を通じて、多様な視点や見解に基づく熟慮された判断やその根拠を見いだすことが求められる。具体的な方法として、住民代表や各種の団体代表による協議会や懇談会、ワークショップやオープンハウス等が挙げられる。こうした議論を通じて、当該の計画案の内容を改善するとともに、その対応内容について一般に公表される。

流域委員会の展開

河川整備計画を策定するに当たり、地域の意向を反映するための具体的な方式として、流域委員会(river basin committee)を設置することが一般的である。

流域委員会は、一般に河川整備計画の検討を目的として、流域住民や一般の関係者、学識経験者らが協議を行う場を指す。こうした流域委員会は、河川整備計画の社会的な妥当性を検証する重要な役割を担っている。

流域委員会の構成や運営方法はさまざまであるが、その中でも2001(平成13)年に設置された淀川水系流域委員会の取組みは、公開性・透明性・自主性を重視し住民参加を徹底した先進事例として全国的な注目を集めた。この取組みは、いわゆる「淀川方式」と呼ばれ、具体的には以下の特徴を有している。

  1. 流域住民の選任の下、幅広い意見の聴取
  2. 計画原案の作成前の早い段階からの協議
  3. 委員会の自主的な運営
  4. 情報公開の徹底(発言者記名の議事録の公開、傍聴者に会議資料を提供、ホームページ等により資料を公開、一般住民の意見を常時受け付け・記録・公表)
  5. 委員自身による提言や意見書の執筆
  6. 委員会庶務の民間シンクタンクへの委託等

住民参加の課題

最後に、河川整備計画における住民参加の課題として、1)認識の不一致、2)規模の問題、3)合意と多様性のジレンマについて述べる。

第一に、河川整備計画を策定する上では、専門的・技術的な判断が問われるが、地域住民がそうした判断に必要な専門知識を有しているとは限らない。むしろ、地域住民は河川整備の計画内容を日常的な感覚や経験に基づいて評価することが一般的であろう。そのため、河川整備に関わる議論の場において、専門家と地域住民や一般の関係者との間で認識の齟齬が生まれ、場合によってはこうした「ボタンの掛け違い」が深刻な利害対立を招く可能性もある。河川整備を巡る認識の不一致を解消し、関係者の間で円滑なコミュニケーションを実現する上では、いかにして専門家の有する専門的・技術的な認識フレームと地域住民の有する日常的な認識フレームを橋渡しし、両者の間で当該の整備問題に関して共通の理解を形成できるかが問われる。

第二に、河川整備事業は多くの関係者に直接的・間接的な影響を及ぼすが、すべての関係者が当該の整備問題に関わる議論の場に参加することは実質的に不可能である。淀川水系流域委員会の取組みにおいても、当初、委員定数が多かったため、意見の調整に多くの時間を要したことが指摘されている。住民参加の規模・範囲に関わる問題に対処する上では、住民参加の対象者を限定せざるを得ないが、その際、当該の整備問題を巡るさまざまな価値観や利害関心をバランスよく代表できる関係者を選定することが肝要である。それとともに、河川管理者は、広く地域社会においてどのような議論が展開しているかについて偏りなく網羅的に把握することに努めることも重要であろう。

第三に、上記の点と関連して、多様な関係者が関与する河川整備計画では、すべての関係者の合意を形成することは現実的でないだけでなく、合意志向的な議論は一部の少数者に対する排除や抑圧につながる危険性もある。むしろ、多様な価値観が併存する地域社会では、合意のみを追及するよりも価値の多様性を確保することが重要である。こうした合意と多様性のジレンマを解消する上では、関係者の間で当該の整備問題に関して議論を尽くすと同時に、関係者間の表面的な合意を目指すよりも、むしろ関係者が互いの見解や意見の相違を認識し合い、そうした意見の相違自体を共有化した包括的な合意を形成することが重要となる。淀川水系の新たな流域委員会においても、関係者間で十分な議論を行っても意見の一致を見ない場合には、賛否両論併記の形で議論の内容を取りまとめ、河川管理者が最終的に責任を持って判断することとされている。

治水経済調査

治水経済調査の歴史的経緯

費用便益分析の歴史はフランスの土木技術者J.Dupuitにまで遡ります。Dupuitは河川堤防を事例として、1844年に「公共事業の効用の測定について」の論文を発表し、費用便益分析法を確立しました。最初に費用便益手法が適用された公共事業は、実は河川事業であり、その後、河川事業以外の公共事業へ幅広く適用されました。

わが国において最初に治水経済調査が実施され、その成果が発表されたのは、1949(昭和24)年の第3回建設省直轄技術研究会であり、当時鳥取工事事務所長の中安米蔵が、「治水計画と計画洪水流量の経済的考慮(千代川改修計画の再検討を中心として)」としてとりまとめています。

当時のわが国は、第二次世界大戦によって荒廃した国土をどのように復興するかということが大きな課題であり、社会資本整備の優先順位、河川改修規模の決定方法(計画洪水流量の決定)とその優先順位の決定方法について理論的な背景を必要としていました。

現在の治水経済調査の体系が整備されたのは、1959(昭和34)年の伊勢湾台風水害経済調査においてであり、調査結果は後の治水経済調査の基礎となりました。1961(昭和36)年からは全直轄河川について調査することをめどとして治水経済調査が開始されました。このときは「治水経済調査方針及び水害区域資産調査要領」により具体的な調査方法が示され、「水害区域資産調査要綱」と「水害区域資産調査実施要領」が「治水経済調査要綱」として一本化されました。

1970(昭和45)年には、治水経済調査要綱が改正され、年便益・年費用による評価方法が示されました。さらには、社会経済活動の変化を踏まえ、1980(昭和60)年には、「治水経済調査マニュアル(案)」に改定され、2000(平成12)年、2005(平成17)年と改定され、今日に至ります。

治水施設の財としての特徴

治水施設は社会インフラの中でも安全基盤であり、道路・鉄道などの活力基盤やライフラインなどの快適基盤と異なり、行政・司法、治安などの純粋公共財に近いものです。

純粋公共財とは、「非競合性」つまり「もう一人追加的に公共財の便益を受けさせるため限界費用がまったくかからない」、「非排除性」つまり「公共財を享受することから個人を排除することが、困難または不可能」という性質を持つ財であり、公平性が重視される財です(図3.8参照)。

このことから、治水事業は、「公平性の観点」と「効率性の観点」を踏まえ、総合的に検討して事業が実施されています。

治水経済調査の基本的な考え方

治水経済調査の目的は、堤防やダムなどの治水施設の整備によってもたらされる経済的な利益や費用対効果を計測することです。

治水経済調査の評価項目は、次の三つの項目を基本としています: 「人的損失額」の軽減、 「物的損害額」の軽減、および災害がいつ発生するかわからない状況下における「被災可能性に対する不安」の軽減です。治水事業の便益は、「期待被害額」の軽減分と「被災可能性に対する不安」の軽減分の合計です。

人的損失額は、災害時における死傷者の逸失利益や病院への搬送や治療に費やす医療費などの「財産的損害額」と被災に伴う死傷者の家族らの悲しみや傷害者本人の苦痛などの「精神的損害額」に分類されます。

ただし、「人的損失額」と「被災可能性に対する不安」の軽減分については、現在のところ評価手法に課題が残されているため、評価手法の確立と評価値の精度向上が進められるまでは、物的損害額に災害の発生確率を乗じた「期待被害額」の軽減分を治水事業の便益としています。

治水経済調査では、治水施設の整備および維持管理に要する費用と治水施設整備によってもたらされる総便益(被害軽減)を、割引率を用いて現在価値化し、水害被害の軽減による総利益と治水事業の実施にかかる総費用との比(便益/費用)を算出し評価します。

このため、評価時点を現在価値化の基準時点とし、治水施設の整備期間と治水施設の完成から50年間までを評価対象期間にし、治水施設の完成に要する費用と治水施設の完成から50年間の維持管理費を現在価値化したものの総和から総費用(ただし、施設の残存価値は除く)を、年平均被害軽減期待額を現在価値化したものの総和から総便益を、それぞれ算定します。

水害対応計画

水害対応のための計画と対策

災害に対応するための基本的な計画として防災基本計画(master plan for disaster prevention)がある。防災基本計画とは、災害対策基本法に基づき、中央防災会議が作成する政府の防災対策に関する基本的な計画である。災害予防、災害応急対策、災害復旧・復興について、国、地方公共団体、住民等の責務とそれぞれが行うべき対策が具体的に記述されている。災害予防として風水害に強い国づくり・まちづくりや防災活動等、災害応急対策として風水害に関する警報等の伝達や住民の避難誘導等、また災害復旧・復興等について基本的な方針が記述されている。防災基本計画に基づき、指定行政機関および指定公共機関は防災業務計画を、地方公共団体は地域防災計画を作成する。

水害予防や応急対策として、水害防止・軽減のためのハード対策(構造物の設置による水害防止・軽減対策)とソフト対策(構造物によらない対策)が講じられる。ハード対策は、河川整備の一環として行われ、河川法に定められた河川整備基本方針と、今後20年から30年程度の具体的な整備内容を示す河川整備計画に従って実施される。河川整備基本方針の中で流域ごとに定められる基本高水(design flood)は、治水計画の目標となる洪水であり、過去の降水や河川流量の観測データを確率統計解析し、再現期間とそれに対応する降水や流量の規模を分析して定められる(3.1.2項参照)。河川計画のために必要となる降水や河川流量の規模の予測であり、計画予知あるいは計画予測と呼ばれる。

ソフト対策としては、ハザードマップ(hazard map)の作成とその公表がある(3.1.3項参照)。ハザードマップとは、自然災害による被害軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図である。水害に関しては、浸水想定区域を指定し、洪水ハザードマップ等を公表することが水防法によって定められている。市町村が作成する地域防災計画には、洪水予報等の伝達方法、避難場所、避難経路等が定められており、ハザードマップはこれらの情報を住民等に周知する手段となる。2015年の水防法の一部改正に基づき、ある想定外力での浸水想定区域図に加えて、想定し得る最大規模の降雨や高潮に対しても浸水想定区域図を作成し公表することとなった。これにより、最大規模の洪水や内水、高潮に対しても機能する避難計画等が作成されることになる。降雨や洪水をリアルタイムで観測モニタリングし、さらに、観測情報と数値シミュレーションモデルを駆使して数時間先までの降水や洪水を予測して、水防活動やダム操作、避難行動に備えることもソフト対策の重要項目である。

水害対応のための降水・洪水予測

水害予防や応急対策として、水害を防止し減じるためのハード対策とソフト対策があることを述べた。これらの対策が効果的に機能するためには、豪雨や洪水の予測が基本的な情報となる。降水予測や洪水予測は、予測の対象によって3種類に分けることができる。一つは洪水の発生頻度に対応する洪水の大きさを予測することである。洪水の規模の確率評価は、対象とする降水あるいは洪水がある確率法則に従って生起すると仮定し、その水文量を確率変数であるとみなすことが基本となる。つまり確率変数である水文量をXX、その実現値(観測値)をxxとして、XXはある確率分布に従う母集団を形成し、その確率分布に従ってxxが生起すると考える。

確率変数XXの確率分布関数をFx(x)F_{x}(x)とすると、Fx(x)F_{x}(x)は確率変数XXがある実現値xxを超えない確率であり、確率密度関数をfx(x)f_{x}(x)とすると、

Fx(x)=P(Xx)=xfx(ξ)dξF_{x}(x)=P(X≦x)=\int_{-∞}^{x}f_{x}(ξ)dξ

である。

xux_uが指定されたとき、xux_uより小さな事象が発生する確率Fx(xu)F_x(x_u)を非超過確率、xux_uより大きな事象が発生する確率1Fx(xu)1-F_x(x_u)を超過確率という。安全性の水準は、通常この超過確率で評価される。XXとして年降水量や年最大(あるいは年最小)水文量を取り扱うとき、

T=1(1Fx(xu))T = \frac{1}{(1-F_x(x_u))}

で定められるTTを水文量xux_uの確率年またはリターンピリオド(return period)という。また、このときのxux_uをT年確率水文量(probabilistic hydrological value)という。

3.1.2項で述べたように、わが国では一般に降雨を対象として、ある降水継続時間での年最大T年確率雨量が定められ、その雨量を降雨流出モデルを介して河川流量に変換する。このとき同じ年最大T年確率雨量であっても、降水の時間・空間パターンによって河川流量は異なるため、複数の降水パターンを用いて流量を算定し、その中から基本高水を選定する。

もう一つの予測が、最大クラスの外力を想定した対策を進めるための、最大規模の豪雨や洪水の予測である。最大規模の洪水を予測するためには、外力である最大規模の降雨を設定する必要がある。国土交通省は全国を15の地域に区分し、降水の地域性を考慮した上で、観測された最大の降雨量から実測データに基づいた想定最大規模降雨の設定手法を提案している。また、発生位置をずらした台風シミュレーションやその擬似温暖化実験および降雨流出モデルを組み合わせて、物理的に最大規模の降雨や洪水を予測する試みもなされている。これらの予測結果は、水害に強い国づくり・まちづくりの基礎情報を与えるとともに、次節で示すタイムライン(防災行動計画)で想定する大規模水害シナリオを提供することになるであろう。

三つ目の予測は、天気予報と同様に豪雨や洪水が進行している最中に、数時間・数日先の洪水の大きさを時々刻々とリアルタイムで予測することである。実時間で洪水を予測することは防災計画で定めるところの災害応急対策のための基本情報であり、水防活動や避難施設の運用に必須の情報となる。リアルタイム予測手法では、予測モデルの精度を向上させるとともに、時々刻々得られる観測情報を予測モデルに組み入れて、予測精度を向上させる技術(データ同化技術)が開発されており、降雨流出予測の分野では、カルマンフィルターに始まるさまざまなフィルタリング手法が開発されている。

タイムライン(防災行動計画)

タイムライン(防災行動計画)とは、災害対応のために関係機関が実施すべき対策を時間軸に沿って記述した行動計画を表す。防災業務計画や地域防災計画では、「誰が」、「何を」実施するのかは記載されているが、「いつ」に関する具体的な記述がないことが多い。タイムラインでは特に大規模な災害を対象として、災害発生時点を予測し災害発生前に遡って時間軸上で「いつ」、「誰が」、「何を」実施するかを、関係機関があらかじめ連携・協議して定めておく。数日前から災害の発生が予測できる台風等ではタイムラインが有効に機能すると考えられる。2012年にハリケーンサンディがニューヨークを直撃して甚大な被害をもたらした際、ニュージャージー州等ではタイムラインに従った実時間対応により人的被害を最小限に抑えることができたことが報告されている。わが国では大型の台風による水災害(洪水や高潮等)を対象として、大規模水災害に対するタイムラインの導入が検討されている。

水害リスクカーブ

水害リスクを評価するためには、洪水氾濫域の浸水深や浸水時間、氾濫流域の土地利用、資産、人口分布から、水害による被害額を総合的に評価する必要がある。地震のリスク評価ではイベントカーブによる地震被害額の不確実性をある確率分布によって考慮し、被害額とその年超過確率の関係を示すリスクカーブが作成される。この地震リスクカーブは、地震保険の設計や国家として対応しなければいけないリスクの把握など、リスク分担を考える基本情報となっている。洪水被害においても、降雨極値の確率的特性と被害額の関係を作成する技術を確立し、治水施設設備や都市地域計画、損害保険などを組み合わせたリスク分散を図る必要がある。この場合、水害の発生域や被害の程度は、原因である降雨や洪水流量の強度、それらの時間・空間分布に大きく依存する。それらは不確実なものであるから、降雨強度が時間的・空間的に分布するとしてさまざまなパターンを適切に組み込んだリスクカーブの作成が重要な課題となる。

降水量の時空間分布を考慮しある期間内の年最大総降雨量の確率分布から年最大洪水ピーク流量の確率分布を推定する手法として総合確率法がある。総合確率法では、降雨流出モデルを用いて降雨から河川流量を算定することで、年最大洪水ピーク流量の確率分布を導出する。この降雨情報から流量情報への変換過程を拡張し、氾濫シミュレーションモデルを用いて最大浸水深の空間分布を得て、さらに治水経済調査マニュアル(案)を利用して浸水想定被害額を得ることによって、浸水被害額とその超過確率との関係を得ることが試みられている。

以下がマークダウンを使って整形した文章です。

総合的な水害評価シミュレーションによる治水計画

降雨の規模が大きく河川で流下し得る規模を超えると、河川堤防を越えたり、破堤したりして外水が流域に氾濫することがある。また、本川水位が高くて支川から本川に排水することができず、雨水が流域に滞留して内水によって氾濫することがある。このような豪雨による水害に対応することが治水対策であり、そのための計画が治水計画(flood control plan)である。

水につかりやすい地域は田畑として利用し、住宅は高台または水につかりにくいところに建てる、遊水地をつくるなどして、土地利用を工夫して被害を抑えることが治水の基本であり、戦国-江戸時代には、このような考え方に基づいた治水工法が採用された。近代化に伴い、交通・運送の手段が海岸や平野部を通る鉄道-道路を中心とするようになると、下流平野部の都市部に人口・資産が集中するようになり、そこでの洪水災害を防ぐことが重要課題になった。そのため、都市部の河川に高い連続堤防を築いて、洪水が氾濫することを防ぐ工法が採られた。また、TVA(テネシー川流域開発公社)にならって上流域に発電などの利水目的と合わせた治水目的を持つ多目的ダムを構築して、下流の都市部への洪水流量を少なくするという方法も採られるようになった。

堤防建設や河川改修によって流下能力を上げる、上流にダムを建設して下流河川の負担を軽くするという高水工法により水害は軽減してきたが、それでも予想を上回る降雨-洪水が発生して水害が起きる。場合によっては、高水工法によって水害からの安全度が増した流域にさらに人口-資産が集中してくることによって、被害ポテンシャルが増加するということも起こってきた。また、都市化が流域の保水能力を低下させ、下水道網の発達によって急激な出水を都市河川が受けるようになって、河川の負荷が高くなるという事態が起こっている。

水害を防止するには高水工事だけでは不十分であり、総合治水対策やスーパー堤防、超過洪水対策、土地利用規制の必要性が認識されてきた。しかし直接的な高水工法以外のこれらの方法の効果や費用を合理的に評価する方法が確立されていないため、概念的な努力目標でしかなく、政策として具体化されにくい。計画された治水投資をした場合とそうでない場合とを比べて、被害の軽減額がどのように分布するかを示すことが重要である。そのためには、水害の発生の仕方や水害による被害額を、洪水氾濫域の浸水深や浸水時間、氾濫流域の土地利用、資産、人口分布から総合的に評価する必要がある。

水害の発生域や被害の程度は、原因である降雨や洪水流量の強度、それらの時間-空間分布に依存する。それらは不確実なものであるから、降雨強度が時間的・空間的に分布するとしてさまざまなパターンを考慮する必要がある。治水施設による水害対策だけでなく土地利用規制や建築規制などさまざまな洪水管理対策をシミュレーションモデルに織り込んだ上で、雨水が流域や河川を流下し、資産・人口が分布する流域内を洪水が氾濫・滞留する様子を再現して、その被害額を算定できるようにする必要がある。

これらを実現するためには、以下が必要である。

  • 降雨の時空間分布を確率的に模擬発生するシミュレーション技術
  • さまざまな治水対策や洪水管理対策を織り込んだ洪水シミュレーション技術の開発
  • 洪水予測の不確かさを確率的に評価するシミュレーション技術
  • 複雑なシミュレーションモデル構築を支援するモデリングシステム
  • シミュレーション結果をわかりやすく表示するポストプロセッサーの開発
  • 治水対策の費用・便益を計測する技術の高度化
  • これらの水害評価シミュレーションの基本となるさまざまな情報の蓄積とデータベース化

水資源開発基本計画

水資源(water resources)の確保に当たっては、水資源開発促進法に基づき、国土交通大臣が水資源開発水系を指定し、それらの水系において水資源開発基本計画(フルプラン)が定められ、総合的な水資源の開発と利用の合理化を進めることとされている。フルプランには、1)水の用途別の需要の見通しおよび供給の目標、2)供給の目標を達成するため必要な施設の建設に関する基本的な事項、3)その他水資源の総合的な開発および利用の合理化に関する重要事項、が記述されることとされており、現在六つのフルプラン(利根川・荒川水系、豊川水系、木曾川水系、淀川水系、吉野川水系、筑後川水系)が策定されている。

土地利用・建築の規制・誘導

水害防止軽減のための土地利用・建築の規制・誘導

土砂災害に対しては、砂防ダムや傾斜地崩壊対策工のようなハード対策と同時に、土砂災害防止法、建築基準法等に法的根拠を持つ開発行為規制が存在する。これは土砂災害危険度が大きいと判断される区域を定め、その区域での土地利用に一定の規制をかけるものである。洪水氾濫のような水害に対しても、土砂災害と同様に、土地利用や建築物に対する規制・誘導といった流域管理的対策をとることで、被害の防止・軽減を図ることが考えられる。

水害危険度の空間分布を明らかにした上で、危険度の大小に応じて、土地利用の仕方や建築物の形態等を適切に指定もしくは誘導し水害をできるだけ小さくするというものである。

本節では、以下の2点について示す。

  1. 土地利用と建築の規制・誘導に基づく水害対策
  2. 水害危険度に基づく土地利用規制に伴う便益と費用を評価する手法の一例

以下は、内容を変えずに整形した文章です。

土地利用・建築の規制・誘導による水害対策

水害リスク情報の作成・公表

どこにどの程度のリスクがあるかわかれば、あらかじめそのリスクに備える、あるいはリスクを避ける行動をとることができる。水害に強い、適切な土地利用・建築を考える上で、水害リスク情報の作成・公表は最も基礎的な作業である。

ここでいう水害リスク情報とは、過去の水害の有無や浸水深の大小、潜在的な水害の危険性などを整理したものである。一般には、浸水実績区域や浸水ハザードマップの形でまとめられていることが多い。

これらの情報を作成・公表することで、必要に応じて土地利用・建築の規制・誘導を実施したり、あるいは発災時の速やかな避難や水害リスクの高い地域からの移転といった、住民が自ら危険性を回避する行動を促すことが期待される。

水害リスク情報に基づく土地利用・建築の規制・誘導の事例

水害リスク情報に基づいて土地利用や建築の在り方を規制・誘導し、水害の防止・軽減を図っている事例をいくつか示す。

名古屋市では、伊勢湾台風(1959(昭和34)年)時の浸水範囲を基に、建築基準法に基づく建築条例を施行し、指定された災害危険区域内での建築制限を実施している。災害危険区域として4種類の臨海部防災区域を設定し、それぞれの区域で、建物1階の床の高さ、建築物等の用途・構造に対して一定の制限を設けている。

東京都中野区では、2005(平成17)年9月に大規模な洪水被害を経験したことから、「中野区水害予防住宅高床工事助成制度」を導入し、家屋の高床工事に対する助成を実施している。その一方で、建築物に対する高さ制限も実施していることから、高床化に支障をきたすケースも生じている。そこで、大雨による浸水被害の実績情報を基に、一部の地域については高さ制限を緩和して、高床化の促進を図っている。

以上の事例は浸水実績に基づくものだが、防災マップやハザードマップに基づくものもある。

兵庫県たつの市では、建築相談の窓口において、市の防災マップを基に、災害リスクを有する区域における建築行為等に対して災害への対策を講じるよう注意喚起を行っている。また、市街化調整区域において建築制限を一部緩和する措置を行っているが、緩和措置に該当する場合であっても、防災マップ等で危険性のある箇所については、新たな建築行為は原則禁止としている。

愛知県みよし市では、「まちづくり土地利用条例」の中で、洪水ハザードマップにおいて50cm以上の浸水のおそれがあるとされている地域を防災調整区域に指定している。当該区域で宅地分譲等を行う際には、浸水リスク情報や実施した対応策を購入者に対して周知することを開発事業者に義務付けている。

最後に紹介したみよし市の事例は、リスクや対策の消費者への説明を開発事業者側に義務付けている点で画期的といえる。このような取組みを実施することで、水害に強いまちづくりが大いに進むものと期待される。

水害危険度に基づく土地利用規制の費用便益評価手法

土地利用と建築の規制・誘導などの流域管理的手法は有効な水害対策となり得るが、その一方で、適用性や妥当性を定量的に分析する枠組みの整備が進んでいないという問題点がある。このような対策を効果的に活用するためには、水工施設の設置など他の水害対策と同様に、対策に伴う費用と便益を評価する手法が必要不可欠である。ここでは土地利用規制に対する費用便益評価手法の一例を説明する。

土地利用規制の費用便益評価の手順

ここで説明する土地利用規制の費用便益評価は、つぎの3段階から成る。

  1. 雨水氾濫解析による水害危険度の評価と規制シナリオの作成
  2. 土地利用規制実施時の立地状況の予測
  3. 土地利用規制に伴う費用便益の計測

水防災のための流域管理的対策を評価するために、まず、対象とする地域の水害危険度を明らかにする必要がある。地域の水害危険度を測る指標としては、過去の水害における浸水実績や浸水深などが考えられるが、水害ごとに雨の降り方が違っていたり、あるいは水害の発生した時期によって流域の条件(土地利用形態や治水施設の整備度など)が異なることから、過去の被災状況に基づいて水害危険度を公平に評価することは容易ではない。

こうした問題点を避けるため、洪水氾濫モデルによる雨水氾濫解析を用いて水害危険度を評価する。具体的には、対象流域においてさまざまな再現期間の降雨事象に対する雨水氾濫計算を行い、各地区で得られた最大浸水深で水害危険度を評価する。そして、規制の基準となる浸水深に基づいて規制シナリオを作成する。

つぎに、規制を実施した場合の立地状況を、立地均衡モデルによって予測する。立地均衡モデルは世帯や企業の立地選択行動と地主の不動産資産供給行動をモデル化し、土地もしくは建物床面積の需給量が一致するという条件(立地均衡条件)の下で、地代(家賃)と立地量を算定する。例えば、水害危険度の高い土地の利用を禁ずる規制を実施したとする。すると、土地の供給量が減ることから、地代は上昇し、また1世帯当りの住宅床面積は小さくなることが予想される。このような流域管理に伴う立地状況の変化を、立地均衡モデルを用いて予測する。規制対象とする地区は、先に求めた水害危険度に基づいて決定する。

最後に、規制に伴う費用(可処分所得や平常時の利便性の低下など)と便益(水害被害額の減少)を計測する。上述したように、土地利用規制のような対策を実施することで地代は上昇し、また1世帯当りの住宅床面積は小さくなることが予想される。すなわち、世帯の可処分所得は減少し、利便性も低下する。このマイナスの効果を金銭的に評価したものを土地利用規制による水害対策の費用と考える。一方、水害の防止・軽減を目的とした土地利用規制を実施すると、水害危険度の高い地域に住む世帯が減少することから、水害被害額は減少すると予想される。この水害被害額の減少が土地利用規制に基づく水害対策の便益となる。

立地均衡モデルの構成

立地均衡モデルはその考え方によってさまざまなバリエーションが考えられるが、本質的には、対象とする地域をいくつかの領域(ゾーン)に分割し、各ゾーンごとに土地や建物の需要と供給が一致するという条件(立地均衡条件)で、それぞれのゾーンの地代と立地量を求めるという構成になっている。

土地もしくは建物の需給構造について考える。現実の土地・建物の取引では、売買によるものと賃貸借によるものの2種類が存在するが、ここでは、すべて賃貸借によるものと仮定する。すなわち、各ゾーンの土地や建物は、対象地域の外に居住する地主(不在地主)が所有しており、世帯は地主から土地や建物を借りて利用していると考える。さらに、対象地域に在住する世帯の総数は一定であると仮定する(閉鎖型都市の仮定)。これらの仮定は立地均衡モデルのような都市経済モデルでしばしば用いられる仮定である。

立地選択主体である世帯は、自らの効用を最大化するように立地選択(ゾーン選択)する。一般に、世帯の効用は地代や利便性などの関数となっており、この関数から世帯の住宅に関する需要行動を表す住宅需要関数が導出される。その一方で地主は、自身が所有する土地の面積と地代を勘案して地代収入が最大となるように住宅を供給する。地主の住宅供給行動を数式で表したものを住宅供給関数と呼ぶ。住宅供給関数は、地主が所有する土地の面積と地代の関数となっている。

最終的に、これらの関数と立地均衡条件から構成される連立方程式を解くことで、全ゾーンの地代と立地量が算出される。

土地利用規制のモデル化と費用便益の計測

土地利用規制のモデル化

ここで想定する土地利用規制とは、水害危険度の高い地域を住宅地として利用することを禁じるというものである。土地利用規制が実施されると、地主は自分が所有する土地のうち、水害危険度の高い部分を住宅地として供給することができなくなる。

このような土地利用規制の影響を住宅供給関数を通じてモデル化する。地主の住宅供給行動を表現する住宅供給関数は、地主が所有する土地の面積(と地代)の関数であるから、土地利用規制に応じて地主が所有する土地の面積を小さくすれば、土地利用規制の影響がモデルに取り入れられたことになる。具体的には、雨水氾濫解析の結果に基づいて、各ゾーンごとに規制の対象となる面積を算出し、これを地主が所有する土地の面積から差し引くことで土地利用規制を表現する。

規制に伴う費用の計測

土地利用規制に伴う費用は、地代の上昇による可処分所得や住宅床面積の減少による効用水準の低下という形で世帯が負担する費用と、住宅供給者としての地主が負担する費用とから構成される。

世帯の費用は等価的偏差で評価する。等価的偏差とは、なんらかの選択を行う際に基準となる要因が、ある状態から別の状態に変化したときに、その新しい状態における効用水準を元の状態のまま得るために必要な追加所得のことである。ここでは地代を規制前の状態に保ったまま、効用水準を規制後の値にするのに必要な追加所得ということになる。一般に、効用水準は規制前より規制後の方が低くなるので、追加所得といっても実際には所得の低下を意味する。これが土地利用規制に伴う世帯の費用ということになる。

地主は住宅の供給者であり、規制に伴う地主の費用は、供給者余剰の変化分として定義する。

規制に伴う便益の計測

規制に伴う便益は、水害被害額の低下であり、雨水氾濫解析結果に基づいて計測する。すなわち、規制の有無に応じた水害被害額を算出し、その差をとって、規制による水害被害額の低下分(便益)を求める。