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防災計画の体系と土木計画学の役割

1. 防災計画の定義と体系

わが国の防災計画は、国レベルの総合的かつ長期的な計画である防災基本計画と、地方レベルの都道府県および市町村の地域防災計画から構成されています。さらに、2013年の災害対策基本法の改正により、「地区防災計画制度」が創設され、必要に応じて市町村地域防災計画に、一定の地区の居住者および事業者(以下、「地区居住者等」)が行う地区防災計画を位置付けることができるようになりました。

いずれの階層における「防災計画」も、基本的には、「災害予防」、「災害対応」、「災害復旧・復興」から構成される施策体系を含んでいます。本記事では、「防災基本計画」を参照しながら、土木計画学との関わりにおいていかなる課題が存在するのか考察します。

2. 防災基本計画における防災の位置づけ

現行の防災基本計画では、「第2章 防災の基本理念及び施策の概要」において、防災を以下のように位置付けています。

災害が発生しやすい自然条件下にあって、調密な人口、高度化した土地利用、増加する危険物等の社会的条件をあわせもつ我が国の、国土並びに国民の生命、身体及び財産を災害から保護する、行政上最も重要な施策である。

そして、以下のような基本理念を示しています。

災害の発生を完全に防ぐことは不可能であることから、災害時の被害を最小化し被害の迅速な回復を図る「減災」の考え方を防災の基本理念とした。たとえ被災したとしても人命が失われないことを最重視し、また経済的被害ができるだけ少なくなるよう、さまざまな対策を組み合わせて災害に備え、災害時の社会経済活動への影響を最小限にとどめなければならない。

3. 災害マネジメントサイクルと防災計画

防災には、時間の経過とともに災害予防、災害応急対策、災害復旧・復興の3段階があり、それぞれの段階において最善の対策をとることが被害の軽減につながります。図1に災害マネジメントサイクルと防災計画との対応を示します。

この図は、災害の発生時点を基準に、災害の発生前、発生後の各時点において実施されるべき活動を整理したものです。災害発生前には、次なる災害に向けた災害の抑止・軽減方策の実施に関わる意思決定や、災害対応への事前準備(災害予防)が必要となります。一度、災害が発生すれば、まずは、救助救援活動をはじめとした緊急事態への対応(災害対応)、被災の経験を踏まえた復旧・復興(災害復旧・復興)が必要となります。その上で将来の災害に備えた災害予防に関わる意思決定と実施などへと時間の経過とともに次々と施策が立案・実施されていくことになります。

4. 土木計画学の役割

土木計画学は、実践科学としてこれらの施策決定の根拠を与えるための実証的根拠を提供するとともに、政策決定のプロセスの改善にも寄与するものです。本記事では、後に議論する個々の施策ごとの計画(災害予防計画、災害対応計画、災害復旧・復興計画)に関する検討に先立ち、個別の計画に包含されない一般的な原則と計画プロセスに関する議論を進めます。

5. 自然災害リスクの特性と防災計画構成上の留意点

5.1 自然災害リスクの構成要素

地震や台風、豪雨等の自然現象の発生は必ずしも災害をもたらすわけではありません。それ自体は単なる自然現象ですが、人間社会に被害を引き起こして初めて災害として認知するようになります。

災害を引き起こす自然現象を災害誘因(ハザード)といいます。地震や台風、豪雨等の災害誘因が発生したところに、人口・資産といった被害対象(暴露人口・資産)が存在しており、かつ、それらが災害誘因に対して脆弱である、すなわち脆弱性を有するという条件が重なることが、これらの災害誘因が単なる自然現象から災害へと変化する条件となります。したがって、このような暴露人口・資産や脆弱性の制御が、災害による損失を軽減するための鍵であると考えられます(図2参照)。

都市への人口・資産の集積や、都市の災害に対する脆弱性は、いずれも人間の活動の帰結であり、社会の中で展開されている個人や企業の活動の結果でもあります。政府の役割も重大ではありますが、実際に居住地や立地を選択しているのは個人や企業であり、また被害軽減のための方策の大部分もまた個人や企業の選択に委ねられています。このため、個人や企業の選択行動を中心に据えて考察し、これらの主体の行動を安全で安心な社会が実現するように誘導していくための実践科学である土木計画学がきわめて重要となります。このためには、これらの主体の行動を理解し、施策の評価のための規範や方法を適切に構成しなければなりません。それと同時に、構造的な施策を含む施策が、これらの主体の行動や厚生にいかなる影響を及ぼすかを分析するツールを持たなければなりません。

5.2 自然災害リスクの特徴

自然災害リスクの特徴としては、その発生頻度は低いが、一度生起するとその影響が甚大になるという特色を有するリスク(低頻度高影響事象)であることをまずもって指摘する必要があります。ここでは、このような自然災害リスクの特徴が社会を構成する個人や企業などの主体の行動や厚生にいかなる影響をもたらし得るのかについて検討しましょう。

5.2.1 災害の希少性とリスク認知

災害は、発生頻度の少ない希少な事象です。このことは、われわれが災害について多くの知識を得ることができない主要な要因となっています。災害のリスクに関しても、日常の経験を通じて学習することが困難であるため、あいまいなリスク認知やバイアスが生じることとなります。

図3は、一般の人々が希少な事象に対するリスクをどのように評価しているかを調べたアンケート調査の結果です。この図から、よりまれにしか生じない事象に対してはそのリスクが高めに見積もられ、そうでない場合には低めに見積もられる傾向が読み取れます。

Viscussiはその一連の研究の中で、合理的なベイズ学習を行う家計であっても、情報によって獲得された客観的なリスクのみで家計の認知リスクが記述されるわけではなく、その情報を利用する以前に形成されていた先見的な認知リスク水準にも依存することを示しました(図4参照)。パラメーターの事前分布がベータ分布、特定の期間内に災害が生起する確率が二項分布に従う場合には、客観的なリスクの限界的な変化の一部のみが実際に認知されるリスクの変化として認識されることになります。このことは、リスク軽減行動の効果が過小に評価される可能性を示唆するものです。

一般の人々によってなされる減災行動や居住地選択行動は、主観的に認知されたリスクに基づいてなされます。したがって、この種のバイアスの存在は災害に対して脆弱な都市構造を作り上げる要因の一つとなり得ます。このような認知リスクのバイアスが存在する状況下では、主観的な効用を基に便益を評価すると社会的には望ましくない結果を招くおそれがあります。山口、多々納、岡田は客観的なリスク水準を用いて補正した厚生を基に便益評価を行う方法を示しています。その上で、認知リスクのバイアスの存在が税・補助金もしくは情報提供といった間接的な手段による土地利用の誘導によっては、効率的な土地利用を実現することができないことを示しています。このことは、このような認知リスクのバイアスの存在を前提とすれば、都市計画、土地利用計画等といった都市内の土地利用に関する直接的規制を用いることの正当性が導かれることを意味しています。逆に、認知リスクのバイアスが存在しなければ、効率的な土地利用が市場を介して実現し得ます。このことは、認知リスクのバイアスを除去するために、リスクコミュニケーション等を通じてバイアス自体を軽減することの重要性をも示唆しています。

ただし、この種の議論は必ずしも市場機構を介した調整が自然災害リスクマネジメントとして有効でないということを主張しているわけではありません。むしろ、完全ではないにしろ、市場機構を通じたリスク管理の可能性を示唆するものです。アメリカにおける研究成果からは、立地選択行動が自然災害のリスクの影響を受けているという想定を支持する結果がもたらされてきました。また、地震危険度と地価や家賃の形成に関する実証的な研究によれば、わが国においても災害リスクの危険度は住宅市場における取引に影響を及ぼしており、市場機構を通じたリスク管理の可能性が支持される可能性が高いことが示されています。

5.2.2 被害の集合性・局所性とその帰結

災害の特徴としてもう一つ忘れてはならないのが、被害の集合性です。災害が生じた場合には、多くの人や資産が同時に被災します。しかしながら、必ずしもすべての家計が同時に被災するわけではありません。

小林、横松は、災害のこのような性質を集合リスクと個人リスクと呼び、災害が社会全体の損失を決定する過程(集合リスク)とその損失を個々人に分配する過程(個人リスク)との2段階のくじとして表現しています。

大数法則が成り立つような世界では、集合リスクはほとんど消滅しています。なぜなら、損失を社会全体でプールすれば、その損失はほぼ定常的となるからです。これに対し、災害の場合には、集合的なリスクこそが問題となります。大規模な災害による被害はまれにしか起こらないが、起こった場合の被害は大きく、単に社会全体でプールすることが不確実性を軽減することにつながらないからです。

小林、横松は、この種のリスクのファイナンスの問題に着目し、集合リスクをアロー証券として地域間で取引し、個別リスクを地域内の相互保険(強制保険)によってファイナンスすることが有効であることを示しています。

被害が空間的な相関性を持ち、局所的であるということも災害リスクの特徴です。特定の地域にのみ発生し得るリスクは、その移転が困難なリスクでした。これは、リスクをプールしても集合リスクを軽減できないためです。近年のリスクファイナンス技術の進展によって、この問題には一定の解決の可能性が見いだされてきました。リスクの証券化等の手段によれば、まったくリスクを負っていない主体も投資の機会としてこの種のリスクを負担する可能性が生じてきたからです。

しかしながら、このことはまったくリスクを負っていない主体にリスクの一部を移転することを意味しています。このような移転が実現するためには、リスクを負っている主体は、彼が負うリスクの一部を引き受けてもらうために、その期待値以上のプレミアム(保険料)をリスクを引き受ける主体に支払うことが必要となります。このことは、災害のリスクファイナンスでは、支払い保険料が期待保険金額と一致するという給付=反給付原則が成り立たないことを意味しています。この場合、災害による損失を完全にカバーするような保険は必ずしも最適ではなく、部分的な補償が実施されるような部分カバーの保険が効率的となります。

被害の局所性は、この種のリスクファイナンスに関わる困難性のみを生じさせるものではありません。むしろ、地域の社会-経済構造に長期的な影響を介して、災害リスクの軽減方策の効果にもたらし得るのです。

例えば、都市の形成が集積の経済性と混雑の効果との関係によって定まるという都市経済学的な見地に立てば、都市システムにおける均衡は複数の可能な均衡の中から歴史に依存して(経路依存して)定まることになります。この場合、災害に対して脆弱な地域と安全な地域とがあったにせよ、そのいずれかの地域の都市が他の都市よりも人口・産業規模の大きな都市にもなり得ることが示唆されます。すなわち、経済システム内で最も重要な大都市が災害に対して脆弱な地域に存在するような状況も発生し得るのです。この場合、個々の都市が交易等の経済活動を伴う関係性を有していれば、災害に対して脆弱な都市の安全性を高めることは、他の都市にとっても短期的には便益をもたらします。

しかしながら、長期的には、災害に対する安全性の向上が大都市の混雑を助長し、経済システム全体の厚生を低下させる場合が生じます。この効果は、災害に対して脆弱な大都市の安全性が向上することによって生じる他の都市への正の外部効果と混雑の効果とに依存して定まります。この結果が意味するところは、被害軽減施策の実施が長期的には正の便益をもたらさない場合が生じ得ることです。

この種の問題に対処するためには、単に被害軽減施策を講じるのではなく、災害に対して脆弱な大都市の混雑を軽減するよう、小都市における生活環境の整備等を同時に実施するといった、複合的施策が重要であることを意味しています。

また、被害の局所性は災害からの復興経路にも影響を及ぼします。Tatano et al. は、社会資本を共有する2つの地域(災害脆弱地域と安全な地域)の災害復興過程を、内生的経済成長モデルを用いて記述し、災害復旧過程が最適な資本構成比率に資本の構成が収束していく過程であることを示しました。

その上で、復旧の程度は、被害の局所性、言い換えれば、被災を免れた資本がどれだけ存在するかに依存すること、地域間の共通資本である社会資本は、個々の地域の生産資本に比べて相対的に(平常時の最適資本比率を上回る程度の)軽微な被害であっても、優先的な復旧が必要となる場合があること等が示されています。したがって、効率的な経済の復興を図るためには、地域間の連携がきわめて重要となります。

5.3 自然災害リスクの管理方策

5.3.1 災害リスクマネジメントの手段

災害リスクマネジメントの手段は、図5に示すように、リスクコントロールとリスクファイナンスに分類されます。リスクコントロールは、損失の回避、軽減方策に分類されます。例えば、自然災害の発生の危険の高い場所には立地しないという行動をとるという個人の選択や、堤防を築いて氾濫を防止するとか、土地利用の規制をかけて利用そのものを禁止するという政府の選択は、この回避方策に該当します。被害軽減方策は、災害によって発生する損失の程度を小さくする行為です。

リスクファイナンスは、災害後の復興を容易にし、被災後に生じるフローとして生じる被害を軽減するための事前の金銭的な備えです。代表的には、災害に備えた貯蓄や、基金の積み立て等の行動として現れるリスクの保有と、保険等によるリスクの移転があります。

災害で生じた被害のうち、保険でカバーされた金額の割合はあまり大きくなく、多くの災害で被災後の再建や復興の過程で新たな金銭的困難が生じることも珍しくありません。災害後の都市やくらしの再生がスムーズになされるよう事前の仕組み作りが重要なことは明らかです。

図6に示すように、このような状況下では、災害による経済の落ち込みを軽減・回避する被害軽減回避方策と復旧の速度を支配するリスクファイナンス施策とが相互補完的な役割を果たします。さらに、図7に示すように被害軽減・回避方策を用いて災害のリスクを制御すると全体の被害は小さくなりますが、被害は一部の人に偏って生じてしまいます。災害リスクのファイナンスを講じると、一部の人に生じた被害を多くの人で助け合う仕組みが生まれます。しかしファイナンスだけでは被害そのものを小さくすることはできません。このため、災害のリスクマネジメントではこれらの方策のベストマッチングを探し、安全で、安心でかつ快適な都市や地域を形作ることを目指すことが重要となります。

5.3.2 災害リスク管理計画のプロセス

災害をめぐる問題の一つとして、知識の不完全性を挙げる必要があります。気象変動に伴う自然災害リスクに対する適応策を考える場合、その発生メカニズムやその発生確率等に関してわれわれは完全な知識を有しているわけではありません。これには、災害が稀有な事象であるという性質が深く関わっています。

また、情報の非対称性の問題もあります。自助的な減災行動やリスク移転に関する意思決定を行う家計や企業が、彼らの行動とその結果に関する対応関係を把握していると想定することは困難です。このような状況の下では、完全な知識を前提とした議論は限定的な有効性しか持ち得ません。

むしろ、意思決定に関わる個々の主体がより望ましい決定であると納得できるような意思決定を支援し、かつ、将来に向かってより望ましい決定が可能となるような意思決定プロセスの設計が重要です。

このためには、リスクコミュニケーションを介した認知バイアスの軽減、科学的な証拠に基づいた共通理解の形成を進め、異なる意思決定主体間の協調を支援することが重要です。

その一つの方策として、モデルを介した相互学習過程としてマネジメントプロセスを捉え、適応的にそれをマネジメントしていこうとする適応的マネジメントがあります。生態学的な文脈の中で発展してきた方法ですが、知識の不完全性を前提として考えるとき、多くの共通点が見いだされます。これも、この種の課題克服のための一つの可能性ではないかと考えられます。

図8にJIS Q 31000リスクマネジメントに採用されている標準的なリスク管理のプロセスを示します。

この規格では、主として企業等、単一の組織のリスク管理を念頭に置いており、そのプロセスは、リスクを同定(特定)し、現状を分析し評価基準を満たし得る状態が達成できているかどうか評価する「リスクアセスメント」と、評価基準を満たし得る状態を達成するための対応策を設計・実施する「リスク対応」により、自らの組織のリスク管理を行うものと考えられています。同一の組織におけるリスクというように対象を絞り込んだとしても、組織の活動が他のステークホルダーに影響を及ぼし、影響を被ったステークホルダーが組織を訴える等の状況は、十分に考えられます。この意味では、ステークホルダーの関与はリスク管理上考慮すべき内容であると考えられます。ISO 31000は、基になったAU/NZ4360に盛り込まれたステークホルダーとの「コミュニケーションおよび協議」や「モニタリング・レビュー」等が明示的に盛り込まれているところに特色があります。

組織のあらゆる活動には、リスクが含まれる。組織は、リスクを特定し分析し、自らのリスク基準を満たすために、リスク対応でそのリスクを修正することが望ましいかを評価することによって、リスクを運用管理する。このプロセス全体を通して、組織は、ステークホルダーとのコミュニケーション及び協議を行い、更なるリスク対応が必要とならないことを確実にするために、リスク及びリスクを軽減するための管理策をモニタリングしレビューする。この規格は、この体系的かつ論理的なプロセスを詳細に記述するものである。(JIS Q 31000)

もう一つの特色は「文脈の設定(establish the context)」です。これは、JIS Q 31000の用語では「組織の状況の確定」となります。これは、もちろん、リスク管理の対象となる組織に焦点を当てた記述です。しかしながら、同時に、同一の組織であるとはいっても、組織内部のサブ組織等では、必ずしも、リスク管理の目的や内容が共有されているとは限りません。このために、管理対象とするリスクやその目的等、リスク管理の内容を確定した上で、リスクアセスメントを実施することになっています。

5.3.3 災害リスクガバナンスとコミュニケーションのデザイン

災害リスクの管理、特に、総合的な災害リスク管理を指向する場合には、さまざまな主体が、それぞれ異なった形でリスク軽減に関与することを積極的に意思決定のプロセスに反映しておくことが重要です。

リスクガバナンスの問題の場合、あらかじめ、参加主体を明確に定義することも容易ではありません。そのリスク事象がどれにどれくらいどのような影響を与えるのか、「回避・抑止」、「軽減」、「移転」、「保有」といった管理の手段を誰がどのように行使し得るのか、その影響は誰にどのように及ぶのかも問題となります。

図9は、IRGCのリスクガバナンスプロセスを災害リスク軽減という、われわれの関心のある問題に適用するために若干の修正を加えたものです。

このプロセスでは、「仮に」参加主体を特定し、そのリスク事象がどれにどれくらいどのような影響を与えるのか、「回避・抑止」、「軽減」、「移転」、「保有」といった管理の手段を誰がどのように行使し得るのか、その影響は誰にどのように及ぶのかといった問題のフレームをまず仮に設定します。この段階を事前分析と呼んでいます。

その後に、これらの主体を交えてリスクの査定をする必要があります。この際にはリスクアセスメントのみならず、関係主体が憂慮するリスク事象そのものや、それが及ぼす影響の範囲、または、それに関連する制度・組織等が抱える脆弱性等に関して、関心事分析(concern assessment)を実施しておくことが重要です。コンサーンアセスメントは、フォーマルな意見聴取という形で行われることもありますが、一般にはワークショップ等の場において表明される意見から、推測することによっても実施可能です。この段階を通じて、主体ごとのリスクや憂慮が明らかになり、形成されるべき意思決定の場の情報が徐々に明確となります。

例えば、水害時における避難の問題を考える場合に、昼間には老人や子供のみが地域におり、水防団の参集が難しく、避難等の誘導等が円滑に行えないとか、要援護者の避難を誰が担うのか、というような問題もあります。このような場合、単に河川や防災の担当者、地域の代表等を参加主体としていても十分ではありません。少なくとも、福祉を担う部局の担当者や、老人の代表、できれば、雇用者である企業の参加も必要となるでしょう。

スコーピングの段階では、リスク査定の段階で明らかになった問題群を整理し、グループとして取り組む問題を絞り込みます。この際、参加すべき主体は誰か、利用可能な手段は何か等、取り組もうとする問題の構造を明らかにしておくことが重要となります。

このような準備を経て問題解決のためのリスク管理の手段を計画し実施する過程が、リスク管理の段階です。

このプロセスを循環的に実施していくことによって、参加主体や取り扱われる問題の範囲等が徐々に変化しながら、改善されていくこととなります。

図9には同時に各段階におけるコミュニケーションの目的も整理しています。Rowanはリスクコミュニケーションの目的を各目的の頭文字をとってCAUSEという覚えやすいフレーズにまとめています。

  • 信頼の確立(establish Credibility)
  • リスクと対応策に関する気づきの形成(create Awareness of the risk and its management alternatives)
  • リスクの複雑性に対する理解の促進(enhance Understanding of the risk complexities)
  • 課題解決のための満足化や合意形成(strive for Satisfaction/agreement on resolving the issue)
  • 行動に移るための戦略の提示(provide strategies for Enactment or moving to action)

リスクコミュニケーションにおける障害を分類し、それを軽減していくためのコミュニケーション上のステップと捉えることができます。すなわち、コミュニケーションの最初のステップでは、「信頼」の形成に重きが置かれます。信頼の定義にはさまざまなものがありますが、ここでは「相手の行為が自分にとって否定的な帰結をもたらし得る不確実性がある状況で、それでも、そのようなことは起こらないだろうと期待し、相手の判断や意思決定に任せておこうとする心理的な状態」として定義しましょう。伝統的には信頼の形成要素は「能力への信頼」と「意図への信頼」です。

また、近年の研究では価値観の類似性も信頼を規定する要素であることがわかっています。事前分析の段階では、ステークホルダーからの信頼を得るためのコミュニケーション、すなわち、ガバナンスプロセスへの関与者(主導者、外部者)の能力や意図を伝わるようなコミュニケーションを実施し、ステークホルダーの理解を得ることが重要です。その地域の成り立ちや歴史、同地域が抱えている問題点等を整理し、「われわれはあなたたちの問題を解決するお手伝いをするために来たのであり、あなたたちから何かを奪うために来たのではない」ということを伝える必要があります。信頼は築くのが難しく、失うのは簡単な財です。むしろ継続的な関係が重要です。そうはいっても、昨日今日地域に現れたよそ者を安易に地域の人々が信頼するはずもありません。地元で長期にわたって信頼を勝ち得てきた組織や人のネットワークを鍵として、参加型意思決定の場づくりを進めていくことが望ましいでしょう。

第二の段階では、リスクの査定がなされますが、これには二つの目的がありました。一つは、リスクアセスメント(リスクの同定、分析、評価を含む)であり、現状のリスクの状況を把握し施策の検討に用いて、住民に伝達してリスクの認知を高める施策、すなわち、水害リスクへの気づきを誘発する活動を含みます。この段階のコミュニケーションの目標はリスクとその改善策に対する気づきの促進です。

もう一つは、コンサーンアセスメントであり、仮設定した問題構造がほぼ妥当なのかどうか、元のフレームで実施した場合に問題となる事柄はないかがはっきりとしてきます。

例えば、住民参加型でハザードマップを作成しようとするような場合、行政は管理対象の河川の浸水予想区域図に、避難経路や避難場所等の情報を付加したものでハザードマップとしようとすることが多いです。このような場合、流域内に存在する管理対象の異なる河川(多くの場合は支川)や下水道等からの浸水の危険はないのかと尋ねられることになります。

行政からしてみれば、管理対象が異なるのだからデータがないし、その川の氾濫危険度をどうこういうことは越権行為です。このような理由によって、まるであたかもこれらの河川や下水道からの浸水がないかのように扱われたハザードマップの作成が目指されることになります。

住民の側からは、大きな川よりも小さな川の浸水が起きやすいことを経験上知っていることが多いです。例えば、大きな川からの氾濫によって浸水が始まるよりもずっと早い時点で、内水によって道路等が水没し孤立してしまって避難が難しくなる可能性を懸念しているような場合が少なくありません。このような場合には、氾濫を引き起こす河川の範囲を広げて内水を含むようにすることが必要になります。もちろん、懸念の中にはもっと多様なものが含まれ得ます。

Choi and Tatanoは、懸念を結果の広がりとリスクの構成要因に分けて整理するコンサーンテーブルを用いてこの種の問題を整理する方法を示しています。この段階で必要なコミュニケーションは、複雑なリスクの構造を参加者が理解できるようにすることです。

リスクの構造の理解が進めば、問題を再構成します。その際に、ステークホルダーが納得し得る解決策を見いだし得るように、意思決定に必要なステークホルダーを巻き込むことが必要となります。ここでのコミュニケーションの要諦はやはり災害リスクをめぐる関係者間の複雑な関係の理解の促進にあるといえるでしょう。

参加者の構成とその役割が明確になり、取り組むべき目標が明らかになれば、そのための手段を構成することは比較的容易となるでしょう。リスク軽減のための手段を構成するための計画を立案し実施する段階が「リスク管理」の段階です。ここでのコミュニケーションのポイントは、計画立案に際しては、解決策を見いだすためのコミュニケーション(solution)となるし、実施に際しては、行動に移るための戦略の提示(enactment)となります。(多々納裕一)

6. おわりに

本記事では、防災計画の体系と土木計画学の役割について概観しました。自然災害リスクの特性を踏まえた上で、リスク管理の方策や計画プロセスについて議論を進めました。今後は、災害予防計画、災害対応計画、災害復旧・復興計画について、より詳細な検討を進めていく必要があります。土木計画学は、こうした防災計画の立案・実施に際して、重要な役割を果たすことが期待されています。


校正のポイント:

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  • 図の参照方法を修正し、図のキャプションを追加
  • 冗長な表現を削除し、文章を簡潔にまとめる
  • 読点の位置を調整し、読みやすさを向上
  • はじめにとおわりの文章を追加し、記事の導入と締めくくりを明確化
  • 段落間の接続を適切に調整し、文章の流れを改善