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災害予防計画

災害予防計画の定義

1. 災害予防計画の定義と基本理念

防災基本計画において、わが国は災害予防段階における基本理念を以下のように定めています。

  • 災害の規模によっては、ハード対策だけでは被害を防ぎきれない場合もあることから、ソフト施策を可能な限り進め、ハード・ソフトを組み合わせて一体的に災害対策を推進する。
  • 最新の科学的知見を総動員し、起こり得る災害およびその災害によって引き起こされる被害を的確に想定するとともに、過去に起こった大規模災害の教訓を踏まえ、絶えず災害対策の改善を図ることとする。

すなわち、科学的知見に裏付けられた被害想定や過去の教訓を踏まえ、災害対策の改善を図ることを前提として、ハード対策とソフト対策を組み合わせた一体的災害対策施策を講じています。このことは、総合的災害リスク管理が目指されていると言い換えることもできるでしょう。

具体的な施策としては、以下の点から成る施策を挙げています。

  • 災害に強い国づくり、まちづくりを実現するための各種対策
  • 事故災害を予防するための安全対策の充実
  • 国民の防災活動を促進するための防災教育や環境整備
  • 防災に関する研究および観測等の推進
  • 発災時の災害応急対策、その後の災害復旧・復興を迅速かつ円滑に行うための事前準備

これらの施策は、「被害抑止・軽減」に関わる諸施策や「事前準備」が対応します。以下では、それぞれの項目に対応する計画の内容に関して議論していきます。

2. 被害抑止・軽減に関わる諸施策

2.1 災害に強い国づくり・まちづくり

災害に強い国づくり・まちづくりが、まず第一に掲げられ、ハード対策とソフト対策を組み合わせた一体的災害対策施策が志向されています。具体的には以下のような対策が挙げられます。

  • 主要交通・通信機能の強化、緊急輸送路の整備等、地震に強い都市構造の形成
  • 学校、医療施設等の公共施設や住宅等の建築物の安全化
  • 代替施設の整備等によるライフライン施設等の機能の確保策

2.2 事故災害の予防

事故災害を予防するため、以下のような安全対策の充実が図られています。

  • 事業者や施設管理者による情報収集・連絡体制の構築
  • 施設設備の保守・整備等

3. 国民の防災活動の促進

国民の防災活動を促進するため、以下のような施策が行われています。

  • 防災教育等による住民への防災思想・防災知識の普及
  • 防災訓練の実施
  • 自主防災組織等の育成強化
  • 防災ボランティア活動の環境整備
  • 事業継続体制の構築等企業防災の促進
  • 災害教訓の伝承

4. 防災に関する研究および観測等の推進

防災に関する研究および観測等を推進するため、以下のような取り組みが行われています。

  • 防災に関する基本的なデータの集積
  • 工学的・社会学的分野を含めた防災に関する研究の推進
  • 予測・観測の充実・強化
  • 研究成果の情報提供および防災施策への活用

5. 発災時の災害応急対策、災害復旧・復興の事前準備

発災時の災害応急対策、その後の災害復旧・復興を迅速かつ円滑に行うため、以下のような事前準備が行われています。

  • 災害応急活動体制や情報伝達体制の整備
  • 施設・設備・資機材等の整備・充実
  • 食料・飲料水等の備蓄
  • 関係機関が連携した実践的な訓練や研修の実施

5。2。2 リスク管理と危機管理

リスク管理は、事前に被害を予防、軽減するための管理である。これに対し危機管理は、事後に被害を抑止し拡大防止し、さらには、終息させるための管理である。佐々191は「リスク管理は金勘定であるのに対して、危機管理は存亡の管理であるJといっている。事前の管理に重点を置くリスク管理は、さまざまな水準のリスクを対象とするが、事前にどこまで手当てしておくのかに関する意思決定を扱っており、対策のコストに見合う便益が得られるのかが判断の基準となる。これに対し、危機管理は、事後において被害の拡大を阻止し迅速な復旧。復興に向けた対応を目指すことになる。このため、対策実施までの時間や利用可能な資源が限られた中で、優先すべき目標を絞り、対処していくこととなる。

危機管理のプロセスをAugustin巴却に従い、以下のように整理する。

Step 1・危機の予防・回避(avoidingthe crisis) この段階は。危機が発生しないように対策を講じる段階である。これは、災害予防計画の中核をなす「被害の抑止-軽減」に対応する。

さまざまなリスクを想定しそれぞれのリスクがもたらす影響を把握しそれぞれのリスクに対して被害の抑止や軽減策を作成し、効果分析を通じて実施するべき対策のリストを作成する。このことは、何もしない場合に比べれば、危機管理が対象とすべきリスクのリストを限定することに貢献する。換言すれば、この段階で予防-軽減の対象とならなかったリスクは危機管理の対象となるということとなる。

Step 2 危機管理の準備(preparingto manag巴th巴crisis) この段階では、危機が実際に生じた場合にその対応が円滑に進むように事前の準備を進める段階である。具体的には、危機管理のための組織の設置やそのメンバーの事前の選任、危機対応計画の立案、緊急時のための連絡・通信手段の確保、また、そのための訓練・教育の実施などを含む。防災計画の文脈では、ここまでが、災害が発生する以前(事前)の段階で行うべきことであり、災害予防計画の対象となる。またハード対策とソフト対策の二分法を用いれば、 Step 1は主としてハード対策、 Step 2は主としてソフト対策ということになろう。

Step 3 危機の認識(recognizingthe crisis) 危機が実際に起きていると認識することは、実際には容易なことではない。これは、個人のみならず企業や行政などの組織においても同様である。危機管理に関する文献でも、この段階が最も実行が難しいといっているお)0 i多くの経営者は自分の会社が危機に直面しているとなかなか認めたがらない傾向を持つ。」火災、津波、洪水なと危機がそこまで迫っているはずなのに、実際には、驚くほど何もしない状況が発生することがある。例えば、正常性のバイアス、多数派同調バイアスなど。iなんで、もないJ。i大したことはないJとか「皆がそうしているからこれでいいjなど、災害時に危機を認識すべき状況においても、自分がとっている行動や他の多くの人たちがとっている行動を言い訳にそれを正当化しようとする心の働きがあることを忘れてはならない。また、状況が十分わからないにもかかわらず、勝手に結果を説明できる(と思われる)原因や因果を決めつけてs それに従って意思決定してしまうという心的なショートカットを発生させてしまうこともあるという問題をつねにはらんでいるということにも留意することが必要である。(KaImeman21)を参照)

このように、危機の覚知が遅れてしまうために、被害の拡大防止や事態の収束のために必要な行動が実施できない場合は少なくない。平常時の管理のモードから、危機管理のモードへの移行である。したがって、危機管理モードに移行するためには、危機の党支日がスムースに行い得るように意識的に行動することが求められる。このような場合には、マニュアルやチェックリストなども有効な手段となることから、地域防災計画や災害対応マニュアルなどが整備されていると考えることもできる。ただ、マニュアルなどが整備されていない、 もしくは、整備が十分でないような「想定外」の事態にも遭遇し得ることは、ほぼ確実である。

このような事態に直面した場合にはWick22) はこのような危機に対応することをつねに求められ、かつ、失敗の許されない組織として、航空管制システム、原子力発電所、送電所、石油化学プラント、救急医療センターなどを研究しこれらの高信頼性組織(HighReliability Organization。 HRO)の特徴を整理している。具体的には、①失敗に注目する、 ② 解釈の単純化を嫌がる、 ③ オペレーションに敏感になる、 ④ 回復に全力を注く¥⑤専門知識を尊重する、の五つの特徴を指摘し特に、組織をmindfulな状態に維持することが重要であるといっている。mindfulな状態とは。 iわずかな兆しにもよく気が付j 危機につながりそうな失敗を発見し修正する高い能力を持つ状態」のことであり、危機の党知に際して、現実をありのままに受け入れ、意味を獲得すること(センスメーキング)ができることの重要性を強調している。

Step4・危機の拡大防止(containingthe crisis) 危機の発生が覚知されれば、被害の拡大防止に努めることとなる。この段階が危機管理の中核的な活動である。災害の場合は、避難等に関する意思決定や、救命・救急、救護・救援等の活動がこの段階に相当し、命を守ることが何よりも優先される段階である。ただし、この段階では、利用可能な情報や、人的・物的資源が限られるために、優先順位を明確にして被害の拡大防止に努めなければならない。

Step 5・危機の解消(resolvingthe crisis) 危機の拡大防止に成功すれば、危機を収束させ、平常時の活動に戻るための体制構築を進めることが必要になる。災害の場合、危機管理から復旧・復興への移行期がこの段階に相当する。命をつなぐことに成功した被災者が、被災後の「日常」に戻っていくことができるように準備を進める段階であるといってもよい。具体的には、避難所から仮設住宅への移行期や、復興ビジョン・復興計画等の被災地域の将来像を描き、共有していく時期に当たる。

Step 6 :危機からの回復(recoveringfrom the crisis) 危機の収束が実現されれば、平常時の機能を取り戻すような危機からの回復を進めるとともに、可能で、あれば。この危機の教訓や危機からの学びを生かし、危機を好機へと転換していくプロセスに移ることとなる。災害の場合は、復旧・復興のプロセスに相当する。

もちろん、危機管理の中核的プロセスは。 Step 3以降の危機の認知、拡大防止解消へと続く危機対応のプロセスにある。しかしながら、実際の危機に臨んで、十分な危機対応ができるためには、それにリスク管理の中核プロセスでもある危機の予防・回避や危機管理の準備など危機への備えが重要である。

このように、危機管理のプロセスに防災計画の体系を対応付けると、おおむね。 Step 1およびStep2が災害予防計画に。 Step 3およびStep4が災害対応計画に。 St巴p5およびStep6が復旧復興計画に相当する。

本節は、災害予防計画を取り扱うので。その範囲は、先に示したStep1危機の予防に対応する災害リスクの抑止・軽減に関する計画を5。2。3項で、 Step 2危機管理の準備に対応する事前準備に関する計画を5。2。4項で取り扱う。ただし災害に対する事前準備に関しては。地域防災計画の立案がまずもって重要で e B 398 5 防ある。地域防災計画に関しては、つぎの5。3節で取り上げるので。5。2。4項では、災害リスク移転、中でもとりわけ、災害保険に関して議論する。

5。2。3 災害リスクの抑止・軽減に関わる諸施策の立案

[ 1 J 災害リスク分析

図5。2に示したように災害リスクの分析のためには、災害を引き起こす外力の分布であるハザードに加えて、災害のリスクにさらされている人口や資産の分布であるエクスポージヤ、それらの人口や資産の脆弱性であるヴァルナラピリテイの3要因を把握することが必要である。

佐界的に見れば?これらの要因を反映して災筈リスクを分析するための方法はおおむね整理され、標準化されてきている。アメリカでは。 FEMAを中心として。 HASUSというオープンなシステムが利用可能で、あか地震、洪水などの自然災害のリスクが分析可能となっている。また、 これらのリスクを分析するソフト開発仁被害軽減やリスク移転等の対策を担う民間会社も育ってきている。

わが国においては、アメリカのように一般に利用可能な形で自然災害リスク分析を実施するためのツールは整備されていない。この点に関しては、今後改善の余地が大きいものと考えている。

地震に関しては政府に地震調査研究推進本部が設置され、全国地袋動予測地図が公開されている。そこでは、確率論的地震動予測l地凶と震源断層を特定した地震動予測地図が整備されている。前者は確率論的地震ハザード予測。1走者は確定論的またはシナリオ型地震ハザード予測と呼ばれるものでいずれも、地震動の大きさなどのハザード分布を示したものである。リスク評価に用いるためには。エクスポージャやヴァルナラピィティに|刻する情報を併せて分析する必要があるが、これらの地震ハザード予測の結果はそのための基礎的な情報を提供する。リスク評価の結果は、災害による損失の超過確率分布である超過確率曲線リスクカーブとして示されることが多い。

図5。11に地震リスクに関するリスクカーブ(損失の超過確率分布)の計量化のプロセス却を示す。まず、分析対象に影響を及ぼす可能性のある大小多数の想定地震を設定する。これら想定地震は。規模や震源位置に加えてその発生確率も併せて設定する。ついにそれぞれの想定地震がもたらす損失額を予測する。こうして、すべての想定地震について、その予想損失額と発生確率を示す一覧表が得られる。この予想損失額一覧表を損失額の大きい順に並べ替え、損失額上位 '" ;九計画下想損失額と発生確率

図5。11 リスクカープの作成の流れ

からJI順に想定地震の発生確率の累積維率、すなわち超過確率を計算する。図5。12に示すように、予想損失額を横軸に。年超過確率(累積確率)を縦軸にとって描いた|曲線がイベントカーブである。

誕瀬番号予想年発生年超過m失額確率確率108 f~ 円0 。 142% 0。142始EQ部8-IM8。25 97億円0。100% 0。241%EQ鋭)5-1 ~17 。9 92億円0。2!ゆ% 0。53C同0。1729も0。70'。1'拾。凪制120f邑

図5。12 イベントカーブの作成例

さて。イベントカーブにおける予想損失値の意味を改めて考えてみよう。イベントカーフ守の縦軸の超過確率は想定地震の発生確率から算出したものである。したがって、イベントカーブにおいては。地震の発生『液率に|品lしては確率論的なアプローチがなされているものの、損失額の予測に関しては平均値あるいは安全側を考えた90パーセンタイル値というように確定論的な要素が残されている。地震リスクを経済面のリスクとして考えるのであれば。求める確率は地震の発生確率ではなく経済損失の発生確率でなくてはならない(図5。13参照)。リスクカーブは。イベントカーブに損失予測過程の不確実性を織り込んで、予想損失額とその損失額が生じる超過碓率の関係を示す曲線とすることを意図するものである。

リスクカーブの算出方法を図5。14に模式的に示す。同図には、それぞれの想定地震における平均予想、損失領とその予測誤差分布が示されている。ここで1ある損失額Xの超過確率を求めてみよう。それぞれの想定地震において損失額X以上の損失が生じる確率は、同図の予測誤差分布においてハッチで示した部分である。この確率をすべて足し合わせた確率 EP(x)が損失額z以上の損失を生じる超過硲率となる。これを数式で表せば、次式のとおりである。

EPx= xPixxσEP(x)= ~ {んxPi(x。x。σ)}

ここで xx: 損失額 EPxEP(x): 損失額xxに対する超過確率 AiAi: イベントiiの年間発生確率 PiPi: 予想損失xxの超過確率 zz: 平均損失 : 標準偏差

この手順を予想損失額の軸上で繰り返して、同図に示す「予測誤差を考慮したリスクカーブJが得られる。

図5。15に。平均損失のイベントカーフ90パーセンタイル損失のイベントカーブおよび予測誤差を考慮したリスクカーブを比較した例を示す。

水害や土砂災害に関しでも同様の分析は可能で、ある。しかしながら、わが国の場合、上述したようにHASUSのような一般の方々が利用可能なモデルは存在しないが、滋賀県における先駆的な取組みを鴨矢として、地先の安全度の評価が進められている。この動きは、 2015 (平成27) 年8月の社会資本整備審議会からの答申「水災害分野における気候変動適応策の在り方について災害リスク情報と危機感を共有し減災に取り組む社会へJ においても、災害リスクの評価・災害リスク情報の共有の重要性が指摘され。同様の取組みが固においても開始されようとしいる。

(2 ) 総合的なリスク管理のための被害計量化

(1) 経済損失の二重計算の問題

社会基盤の地震損傷に伴う被害を議論する場合のように。直接的な経済損失に加えて間接的な損失を議論する必要がある場合には、別途経済分析を実施する必要がある。この場合には、産業連関分析や応用一般均衡モデル等を用いた計量化例えば24)。25)が行われる。さらに、間接被害を含む経済損失を集計する|燦には、 二重計算が生じないように留意する必要があるお)。

資産の価値が市場で正しく評価されているとすれば、当該資産(ストック)の価格(時価)はその資産が現在から将来にわたって生み出すサービス(フロー)の価値の純現在価値となっているはずである。一方、資産が損傷したことによって生じる間接被害は、通常、資産が利用できないことによって生じたサービスの減少の割引現在価値として表現される。このため、損傷した資産の価値と間接被害は互いに重複する部分を持っているのである。このために。直接被害として資産の致損分を計上し、同時に、致損した資産が利用できなったために生じた営業利益の減少を間接被害として計上すると明らかに被害の二重計算が行われていることになる。

このことを図5。16を用いて説明しよう。この図の一番左側のパネjレには被災によって資産が損傷を受けた場合の生産額のフローが描かれている。したがって、通常間接被害とみなされるのは同図中の被災によって生じたフローのi戚少分である。これを、二つの部分に分解した図が同じ図の中央および、左のパネルに捕かれている。中央のパネルは損傷を受けた資産が永久に回復しない場合のフローが描かれている。このフローの現在価値は損傷した資本の価値に等しい。一方、一番右のパネルは被災後に生じた生産額の回復を示している。したがって、文字どおり直接被害と間接被害を合算すると、間接被害分を二重に計算していることになるように見える。図5。16の一番右のパネルに捕かれた生産額の回復はまったくコストをかけずに達成できるわけで、はないことに留意しよう。生産額の回復は復興のための投資によって達成されたのであり? もちろんコストが支払われている。したがって、①災害が資産の損傷を招き、 ② 復興投資が生産額の回復をもたらしたというこつの行為が、 ["直接被害+間接被害Jという通常の理解の中でなされていることがわかる。言い換えれば、われわれは① 復興投資を考えなければ、その割引現在価値が直接被害に等しいフォローの減少しか生じないが、 ② 復興投資によってそのフローの減少が緩和されるというこつの過程を併せて被害という概念を構成しているのである。このように考えると。 ["直接被害J+["復旧の純便益」を用いて災害の影響を分析すべきであろう。ここで、["復旧の純使益J=["復興の便益」一「復旧資用」である。このように、災害の影響を評倒するとき。図5。16での関係、 ["間接被害J=["直接被害J+["復旧の便益」から。 ["直接被害J+["復旧の純便益J=["復旧費用J+["間接被害」として災害の影響が表現されることになる。ここで、 ["間接被害」は、実現した「営業利益の減少」であるから、けっきょく、間接被害を含む経済被害は

「復旧費用J+["営業利益の減少」

によって計量化される必要があるという結論を得る。したがって、間接被害を含む経済被害を算定する場合には、通常「直接被害」と呼ばれているものを「復旧費用」に置き換え、 ["営業利益の減少Jである「間接被害」との和を計算することが必要で、ある。このことは現在まで一般になされている被害算定の方法と矛盾するように思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。被害算定に際して直接被害が復旧費用として計量化されることは比較的普通のことだからである。

(2 ) 企業の経済被害の計量化方法

前節では、被害の二重計算の問題を単一企業の例を用いて説明し、操業停止損失などの間接被害を含む経済被害の整合的な計量化方法として「復旧費用」と「営業利授の減少」を現在価値化してそれを被害とすればよいという議論を展開してきた。

この議論で重要な点は、["営業利益の減少」が緩和されるのは、 ["復旧jという行為がなされたからであり、そのために、発生した利益の回復分と費用が同時に考慮される必要があるということである。この種のデータは企業が持ついかなるデータの中に集約されるのであろうか?

実は、すべての費用および便益は、各期のキャッシュフローに反映される。なぜなら、地震がfよみ出した直接の効果は。キャッシュフローの(永続的な)減少として現れるし、復旧や復興プロジェクトの効果は、通常のプロジェクトと同様にキャッシュフローの変化として観測されるからである。したがって事後的に各企業のキャッシュローを計測しそれと「地震カfなかったら」生じていたはずのキャッシュフローとの差をとって、キャッシユフローの変化を求め。その現在価値を評価すればよい(図5。17参照)。具体的には、 自然災害の発生からl期経過したとき、被災しなければ得られるはずのキャッシュフローから被災後に実現したキャッシュフローを差しヲ|いた額を求め。それを1期の経済被害額とする方法である。2期以降も同様に算出する。その上で、現時点を評価時点として、各期のキャッシュフロー減少額の現在価値を被災の影響が残る全期間にわたって合計することが必要である。

この方法は、評価時点で入手可能なキャッシユフローの情報を用いて被害を推計することが可能であるという話、|床で¥事後評価には向いている。またライフラインの早期復旧やリスクファイナンスの状況などの効果も実際に効果として表れることになる。

この方法に基づき実際に経済被害額を算出する上で注意しなければならないのは、キャッシャフローの中身である。ここでのキャッシュフローとは、人件費・原材料費など通常の業務にかかる費用に加えて被災により致損した社屋・設備を復旧する費用を含めた費用を売上額から差しヲ|いた金額である。つまり。通常業務の操業利益から社屋・設備の復旧費用を差しヲ|いた額である。

従来の経済被害推計では、社屋の損壊、機械・設備、商品の破損等の被害は「直接被害J、自然、災害による機会損失や得意先の喪失等による営業利益の減少額は「間接被害」として、別々に推計されることが多い。ただしすでに議論したように、このような「直接被害」と「間接被害」の整合的な被害の計量化を行う場合には、 二重計算をしないように留意する必要がある。間接被害は、従来の意味に従って、被災しなければ得られたはずの営業利益から被災後に得られた営業利益を差しヲ|いた額(図5。17参照)としてよい。一方、 1直接被害Jは社屋・設備の復旧費用としてフローで計上しなければならない。もし、 1直接被害Jを被害を受けた社屋・設備の除却費(取得価格から減価償却額を差しヲ|いた額)とすれば、被害の大きさの指標にはなるが、経済学的意味を持たない。また、時価の減少額とすれば、系統的な二重計算が発生することとなる。要点を整理すると、 rある企業の災害による経済被害額は、復旧費用(直接被害)と営業利益の減少額(間接被害)の合計で得られる」ということである。

(3 ) 産業部門に帰着する経済被害の整合的集計方法

地域全体における経済被害の推計をするのに、各企業の被害額を単に地域全体で合計すればよいかは必ずしも自明ではない。なぜ、なら、 自然災害の発生により建設・復旧需要が増大し、地域経済に正の波及効果をもたらす可能性があるからである。建設会社などの復旧サービスを提供する企業にとっては、自然災害による経済被害額は負(つまり便益)であることは十分に考えられる。この正の効果を無視したのでは被害を過大推計することになる。以下では、この点について検討する。

各期の経済被害を逐次推計する方法について検討する。まず、地域内に復旧サービスを供給する企業(例えば建設会社)が存在しない場合を考える。この場合、各企業は「操業利益の減少」に直面するが、復旧のために必要な労働や資材等を自ら調達し復旧を実現する。したがって、この場合、各企業が負担する「復旧費用jは復旧を成し遂げるために費やされた人的・物的資源の機会費用となる。したがって、地域内全体での経済被害は、 1操業利益の減少」と復旧を成し遂げるために費やされた人的-物的資源の機会費用である「復旧費用」を地域内すべての企業について集計したものとなる。

つぎに、地域内に復旧サービスを供給する企業が存在する場合を考えよう。復旧企業は、復旧のために必要な労働や資材等を調達し、地域内で復旧に必要なサービスを提供することでその対価を得るものとする。被災企業は。復旧に必要なサービスの一部または全部を復旧サービス提供企業から購入することができる。ここで、復旧サービス提供企業から購入されなかった復旧のための労働や資材等は被災企業が自ら調達することになるから、被災企業が支払う「復旧費用」は「復旧サービスの購入費用」と「復旧のために被災企業が自己調達した人的・物的資源の機会費用」とから構成される。一方、復旧サービス提供企業は、人的・物的資源を調達し、復旧サービスを提供し、被災企業から「提供した復旧サービスの報酬」を得る。したがって、復旧サーピ、ス提供企業の利潤の災害による変化は、 1提供した復旧サービスの報酬」一「復旧サービス提供費用」となる。ここで、 1復旧サービス提供費用」は「復旧サービス提供企業が復旧サービスを提供のために調達した人的物的資源の機会費用」である。

被災企業の経済損失・ 「操業利益の減少分J+I復旧費用J =1操業利益の減少分」 +1復旧サービスの購入費用J +1復旧のために被災企業が自己調達した人的物的資源の機会費用」

復旧サービス提供企業の経済損失 「操業利益の減少分J+I復旧費用」 =一「提供した復旧サービスの報酬」 +1復旧サービスを提供費用」 =一「提供した復旧サービスの報酬」 +1復旧サービス提供企業が復旧サービスを提供のために調達した人的-物的資源、の機会費用J

ここで、地域が復旧サービス市場について閉じているると考えると、被災企業が支払う「復旧サービスの購入費用」の総和は、復旧サービス提供企業が受け取る「復旧サービスの報酬」の総和に等しい。また、 1復旧を成し遂げるために費やされた人的・物的資源、の機会費用」の総和は、 1復旧のために被災企業が自己調達した人的・物的資源の機会費用Jの和と「復旧サーピス提供企業が復旧サービスを提供のために調達した人的・物的資源の機会費用」の和の合計に等しい。したがって、地域全体での経済損失の合計は、この場合でも、 i操業利益の減少分J+i復旧費用jの和を地域内で集計することで求めることができるのである。このとき、地域内の経済被害の合計は「被災した企業の営業利益の減少分」と、i復旧を実現するために費やされた人的・物的資源、の機会費用」の和となっている。つまり、地域内に復旧サービスを供給する企業が存在し復旧サービス需要をまかなっている場合も、地域内のすべての企業の経済被害(営業利益の減少額と復旧費用)を単に合計すればよいことになる。この議論は、復旧サービスを提供する企業の数や、それらが被災しているかどうか、それらの企業の技術や直面している市場条件にかかわらず成立する。このような考え方を実際の災害に適用した事例としては、中野ら27) 古橋らお)などがある。

(4 ) 家計部門の被害評価

家計部門の被害も同様に「仮設住宅の建設」や「民間借り上げ借家の提供J。 i住宅再建に関する資金助成」などの事後的対応を含むリスク管理を分析のスコープに入れてこようとすれば、同様に住宅復興の純便益等を被害評価に反映する必要がある。住宅サービスが生み出していた便益(フロー)は図5。18に示すように地震によって減少する。仮設住宅等に避難所から移り、 さらに、修繕が完了して従前の住宅に戻る。この間?避難所や仮設住宅が生み出すサービスに対応する便益は、従前の住宅が生み出していた便益よりも低い。それぞれのサービスの提供費用(運営・維持管理費(減価償却費等の建設費用に関わる費用は除く)) が変わらないものとすれば、この差が、住宅のユーザーである家計が被った損失(ユーザーコスト)であり、これに復旧費用(仮設住宅の建設費や住宅の補修費)を計上すれは、よい。前節での議論と同様に、産業部門の被害集計が同様の考え方でなされていれば、家計が支払う資用と建設業者等の収入は互いにキャンセルアウトし仮設住宅の建時間

図5。18 %計部門の地震被害の評価法住宅被害を対象とした場合

設や住宅の補修に伴う機会費用のみが集計値に反映されることとなる。

藤見、多々納29)では、図5。18のような考え方に基づき、震災後の居住環境の変化に伴い被災住民が甘受しているフロー被害の計量化方法を示している。具体的には、中越地震時に実施したアンケート調査に基づいて、コンジョイント分析によって3 避難所3 仮設住宅。公営住宅や賃貸住宅などのみなし仮設住宅などの居住環境の違いを支払い意志額の違いとして計量化している。その結果長岡市における平均的世帯(所得663万円、世帯人数3。25人)の場合、 自宅と避難所の効用差の金銭評価額は20。6万円/月、仮設住宅とのそれは16万円/月にも及び、早期の住宅復興が大きな効果を持ち得ることが実証されている。

(3 J 災害リスクの抑止・軽減の代替案の設計・評価

(1 ) 地先のリスク評価に基ついた土地利用規制・安全な住まい方

地先の安全度は、河川だけでなく身近な水路や下水道等からの氾濫も考慮、した、人々の暮らしの舞台である流域内の各地点(地先)における水害に対する安全度である刻。図5。19に示すように、流域内のある地点に着目すると。その地点の安全度を規定する要因(ハザード)としては、河川|からの氾濫。下水道や他の水路からの浸水など複数のハザードを挙げることができる。

持t>>1t岳、、

図5。19 地先の安全度の構成要素

いま、図5。19の中央の家に着目しよう。この図によれば。この家の水害リスクを考える際には、 1/50で整備されている河川(本)11)と、 1/20で整備されている河川(支)11)、および雨水排水を担う二つの排水路(1/10と1/5の整備水準)からの浸水をハザードとして考える必要があるとする。このとき、この家の水害リスクはどのようにして求めればよいのか?

この問題に対して、滋賀県で、は、任意の継続期間に対して同ーの確率に対応する分位値(クアンタイル)となるように中央集中型のハイエトグラフを構成するという方法がとられている31)ω。この方法では、異なる継続時間を持つ降雨どうしの相関は必要なく、周辺分布のみの情報があればハイエトグラフを定めることができるおト35)。この方法には、相関を考慮、しないために、通常の観察される降雨に比べて極端に中央のピークのとがった波が形のみ分析の対象となってしまうという欠点があるが、技術的な改良に関しても研究が進みつつあるお)。

滋賀県で、は、"降雨→流出→氾濫→被害"という一連の洪水災害の発生過程において内水氾濫および外水氾濫点の安全度を統一的にかっ整合的に求めることに成功している。この成果を受け、滋賀県で、は、 2012年9月-2015年8月にかけて順次市町村ごとに地先の安全度マップを公開している(図5。20参照)。

(2 ) 滋賀県における流域治水

滋賀県においては、2014年3月定例県議会において、流域治水条例を可決しました。流域治水条例は、条例前文の一部を引用し、その理念を確認しましょう。

「水害から県民の生命と財産を守るためには、まず、河川の計画的な整備を着実に進めることが何より重要であります。それに加えて、多くの県民が暮らしている氾濫原の潜在的な危険性を明らかにし、県民とその危険性の認識を共有することが必要であります。その上で、河川等の流水を流下させる能力を超える洪水にあっても県民の生命を守り甚大な被害を回避するためには、『川の中』で水を安全に『ながす』基幹的対策に加え、『川の外』での対策、すなわち、雨水を『ためる』対策、被害を最小限に『とどめる』対策、水害に『そなえる』対策を組み合わせた『滋賀の流域治水』を実践することが重要であります。」

ここで重要な点は、滋賀県の流域治水は、超過外力に対する対策、とりわけ、氾濫原管理を強く意識した内容となっているということであります。このために、多くの県民が暮らしている氾濫原の潜在的な危険性を明らかにし、県民とそのリスクを共有するとともに、「川の中」の対策のみならず、「川の外」の対策をも組み合わせた総合的な治水施策により、河川の能力を超える超過洪水の発生時においても、県民の命を守り、甚大な被害を回避しようとしています。

(3 ) 流域治水基本方針

東日本大震災以降、特に、計画規模を上回る規模の津波に襲われた湾口防波堤や防潮堤の損壊に対して抱かれた疑問に対して、粘り強い堤防の整備等の必要性が共通認識となってきたが、滋賀県の条例は、少なくともそれに先立つ「住民会議」ゃ「学識者部会J、I行政部会」の審議を経て、「流域治水の基本方針J(2012年3月滋賀県議会承認)として結実していた。

「流域治水の基本方針」では、 I地先の安全度」を流域治水対策の検討における基礎情報として位置付け。各種施策を「地先の安全度」に関連付けて検討している。例えば、個々の地先において池先の安全度を用いて図5。20のような評価がなされる。

図5。21の場合、当該地点に一般家屋がある場合に、①家屋流失が200年に一度程度、 ② 家屋水没が200年に一度程度③ 床上浸水が50年に一度程度、④床下浸水が10年に一度程度、の頻度で発生することを意味している。

流域治水基本方針では、土地利用・建築規制の対象となるリスクを地先の安全度評価を基に以下のように設定することとしています。

すなわち、おおむね10年に一度(時間雨量50mm程度)の降雨で、床上浸水が発生するおそれのある地域に関しては、新たに市街化区域に編入することを原則禁止(図5.22参照)とし、家屋流失や水没が想定される箇所については、災害危険区域(建築基準法39条)を活用した建築規制を行うこと(図5.23参照)としています。

ただし、土地利用規制に関しては「被害回避に関わる技術基準を設けることなどにより、都市計画法の規定を適用除外とする区域を設定することも可能」としています。

図5。22 市街化区域への編入規制の範囲

図5。23 災害危険区域の指定の範囲

発許可制度を連動させ、水害に対する最低限の安全性を確保した|鋼発を促進することJ、建築規制に関しては「人的被害を回避するために必要な対策が講じられた場合には、建築を許可すること」が規定され、滋賀県は「既存建築物の建て替えや改築については助成を行う」こととなっていた。また。まちづくりに関しては「水害に強い地域づくり協議会」を設け、行政と住民が一体となって地域防災力の向上や安全な住まいカ等に関して計画づくりを実施することになっていた。その計画に盛り込まれた除等の可能性に関し関しでも想定されていた。

(4 ) 流域治水条例およびその後の経過3;

私権制限を含む土地利用・建築規制を含む基本方針を笑現していくためには。条例の市IJ定が不可欠となる。このため、基本方針の議会承認を経て、流域治水条例が制定された。条例制定の議論の過程で¥さまざまな反発や意見等が巻き起こった。それらの意見を反映する形で基本方針と条例とは若干内容が異なっている。

流域治水条例では、 ①「災害危険区域」という名称から「浸水警戒区域」という名称の変更がなされ、その対象も「家屋水没(i浸水深3m以上)Jに絞ることとなった。

②「浸水警戒区域」指定の手続きに関しでも。あらかじめ「水害に強い地域づくり協議会」において地域の合意形成を図ることが必要とされた。併せて、 ③流域治水推進審議会の設置や④ 流域治水の実施状況の議会報告などが規定された。また、条例には明確に規定されてはいないが、浸水警戒区域にしてされた地域に対しては、建築物への助成に加えて、避難場所等の確保のための助成も検討されている。

条例制定後。滋賀県は50地区から成る重点地区を設定し、浸水筈戒区域指定向けてモデル地区を設定し毎年度10地区で地区指定に向けた取組みを開始していくこととしている。現在、 2モデル地域で先行して「災害に強い地域づくりワーキング」が組織され。地域指定に向けた話し合いが進んでいる。図5。24に、モデル地区の一つである黄瀬地区(甲賀市信楽町)における検討の流れを示しておく。この図から、地域住民のニーズの高い避難計画の立案支援に合わせて、住まい方のルールに関する検討が進められている様子が読み取れる。

5。2。4 事前準備に関する諸施策の立案:災害リスクの移転方策

(1) 災害リスクファイナンスの機能

1990年代以降、多くの巨大災害が世界各地を襲った。いまや世界の人口の過半数は都市に居住している。このような都市域への人口・資産の集積は、大規模な災害が発生した場合の損害を巨大なものとしてきている。1995年に発生した阪神淡路大震災では、 6000人以上の死者・行方不明者が発生し経済的被害も直接被害額のみでおおむね10兆円に昇った。ハリケーン・カトリーナをはじめ、リタ、ウイルマなど三つの巨大ハリケーンなどが発生した2005年のアメリカにおけるハリケーンの経済損失は1700億ドルに達した。2011年に発生した東日本大震災においては、実に直接被害額だけで17。9兆円に達する見込みである。

また、各国の保険制度や普及状況等に違いはあるものの、 1992年のハリケーンアンドリュー(アメリカ、249億ドル)、1994年のノースリッジ地震(アメリカ、 206億ドル)、2005年ハリケーンカトリーナ(723億ドル)等、 保険金支払額がl兆円を超える規模の災害も少なからず発生している。わが国における保険金支払金額では、1991 年の台風19号による被害が最大で、 5675億円であったが、 2011年の東日本大震災では2兆5千億円(7月7臼現在)を超える保険金支払いが見込まれている。近年では直接被害額のうち、保険によってカバーされる割合はわが国においても増加しつつあるが、いまだ十分で、あるとはいし、難い状況にある。

災害リスクのファイナンシングは、災害後の復興を容易にし、被災後に生じるフローとして生じる被害を軽減するための事前の金銭的な備えである。代表的には、災害に備えて貯蓄したり、基金を積んでおくことなどの行動として現れるリスクの保有仁保険等によるリスクの移転がある。

災害リスクのファイナンスは少なくとも、以下の二つの意味できわめて重要なリスクマネジメントの要素である。

(a) 所得の平滑化効果

保険等に代表されるリスクファイナンスの仕組みが利用可能で、あることは、被災後と被災前の所得の平滑化を可能とし、費用負担を軽減することができる。このことは、安心感の向上等をもたらし事前の心理的な被害も軽減し得る。災害のリスクを制御すると全体の被害は小さくなるが、被害は一部の人に偏って生じてしまう。災害リスクのファイナンスを講じると、一部の人に生じた被害を多くの人で助け合う仕組みが生まれる。しかしファイナンスだけでは被害を小さくすることはできない。このため、災害のリスクマネジメントではこれらの方策のベストマッチングを探し安全で、安心でLかつ快適な都市や地域を形作ることを目指すことが重要となる。

(b) レジリエンシーの増大の可能性

災害後の復旧-復興のための資金的手当がなされることによって、迅速な回復が可能となる。図5。25に示すように。迅速な復旧・復興によって、少なくとも間接的な被害は軽減される。理論上は、被災後ただちに災害前の状況に復旧できれば、間接的な被害は生じない。実際には、復旧に要する資源、の制約等によって即時の復旧は難しい。しかしながら、保険等が利用可能であれば、事後的な資金調達の問題に直面せず資金面での手当てが比較的容易に整うのである。事後的な資金の確保に関する制約(流動性制)と復旧や復興との関係守地域的な波及構造の問題、 I凌日未性回避などに関しては例えば、大西ら羽) 横松ら却) 藤見・多々納4を参照されたい。

50相関あり 図5。26 参加者数とプーリングアレンジメント35 40 45相関なし20 25 30参加者数完全相関画。。

(2 ) リスクプーリンクとリスク分散

複数の個人や企業の聞で、一定期間に発生した損失を集計しその平均値を均等に分担し合うような契約をプーリングアレンジメントと呼ぶ。このような契約が実現すれば、参加者数が多くなるに従い、参加者の損失額の分散は小さくなる。特に、大数の法則が成り立つ場合には、参加者の損失の分散はゼロに近付く。参加者の損失が独立な確率分布に従う場合には、大数の法則が成り立つから、参加者数が十分に多くなれば、プーリングアレンジメントによって損失の変動を受けなくなる。ただし損失が相関を持つ場合は、大数の法則は成り立たない。この場合にも、 図5。26に示すように最終的にゼロには歪らないものの参加者数が多くなるにつれて損失の変動は徐々に減少する。

このように。個人や企業はプーリングアレンジメントに参加することで、 自己のリスクを軽減できる。コストゼロでプーリングアレンジメントを構築できるならば、 リスク回避的な個人や企業は参加への強い動機を持つであろう。しかしながら、実際にはプーリングアレンジメントをコストゼロでは管理できない。プーリングアレンジメントを実行するためには、契約の募集、応募者の選別、損害の査定、賦謀金の徴収に関わる費用が必要となる。

保険は、プーリングアレンジメントで交わされる事後的な賦課金の徴収契約の代わりに、前払いの保険料の徴収を行い、損失の発生時には保険会社が保険金を支払うという仕組みになっている。このことによって、保険契約者は、保険会社から保険料を追徴されることがないので。損害が確定する前に保険料がf液定する。このことによって。保険会社自身がリスクの一部を保有することになる。

(3 ) 再保険、代替的リスク移転手法

保険会社は、 リスクプーリングだけではリスクを抱えた状態にある。特に自然災害は、 低頻度ではあるが大規模な損害を発生させるという特徴を持っており。保険料支宇ムいの相|期を無視できない。したカfって、保険会社はなんらかの方法によって自己の保有するリスクの軽減を図ることが必要となる。

再保険は、保険会社が購入する保険である。自然災害に関連した保険金支払い額は空間的な相関を持っているが、地理的分散によって保険契約聞の保険金支払いコストの相関を軽減することができる。再保険を購入することによって、保険会社が支払い不能となるリスクが軽減されることになる。再保険市場が十分大きければ、再保険が持つ地理的分散機能を通じてある地域のリスクは世界の他の地域のリスクに分散されていくこととなる。

1990年代の再保険料金の高騰を背景として、保険の証券化が考案され、取引が行われるようになった。伝統的な再保険市場でなく証券市場を通じたリスク分散手法であることから、 代替的リスク移転手法(aJternativerisk transfer。 ART)と呼ばれる。代表的なものとしては災害債権(CatBond)などが挙げられる。通常の金融派生商品が株価や株式市場における指標(インデックス)に対して書かれた派生証券であるのに対しARTは災害による損失やその指標上に書かれる派生証券である。

災害リスクと証券市場におけるリスクとは通常相関がないと考えられておりARTは証券市場におけるリスクへッジの一つの手段となり得る。しかしながら、伝統的な再保険に比べると、信用リスク(再保険会社が支払い不能に陥るリスク)がない代わりに、保険会社が被る損失と受け取れる金額とが必ずしも一致しないというべーシスリスクがあることなどの問題もある。

(4 ) わが国における災害保険の現状

(a) 地震保険

日本における火災保険の営業は1888年に開始された。当時は火災のみを補償する保険であった。地震リスクは。損害の巨大性や保険契約者へのリスク事象の到着の同時性、発生頻度の予測の困難性などの特殊性により、保険が困難なリスクと考えられてきた。しかし1964年の新潟地震を契機に地震保険制度を求める世論が高まり。保険審議会等で検討が重ねられた後、 1966年に「地震保険に関する法律」が制定されることとなった。地震保険は居住用建物および家財を対象としており、火災保険への原則自動付帯であること、 建物は5000万円、家財は1000万円の限度額が設けられていること(2014年l月現在)、またl回の地震等によって政府と民間の損害保険会社が支払う保険金の総支払限度額は5兆5000 億円(2014年1月現在)であること等の特徴を持っている。また、公共性の高さから、保険料率には元受保険会社等の利潤は織り込まれていない。さらに、政府が再保険機能を提供している。

制定からしばらくの聞は加入率が低く、 1995年の阪神淡路大震災の際の保険金支払いは約780億円であったが、その後加入率が上昇し、東日本大震災では l兆2000億円を超える支払いがなされた。日本の地震保険の仕組みは海外からも高く評価されている。

(b ) 風水害保険

火災保険は1956年に「水災」危険と「風災」危険を特約で契約できるようになったが、保険料も高く普及は進まなかった。しかし1959年の伊勢湾台風を機に、水害事故補償制度創設の世論が沸き上がり、 1961年l月発売の住宅総合保険に風水害補償が始めて加えられた。1962年に庖舗総合保険が創設された。

住宅総合保険では、洪水や豪雨などによる水災、台風などによる風災、ひょう災、雪災が補償の対象となる。支払われる保険金の額は、損害割合30%以上の場合には損害額の70%、床上浸水の場合は保険金額の5%などである。1991年の台風19号では全国に大量の家屋損壊被害が生じ、保険金支払総額は5700億円に達した。10個の台風が上陸した2004年には年間の保険金支払総額が4400億円になった。また、近年では自動車保険による支払額が多くなっている。

(c ) 農業災害

自然災害による農業被害は、農業災害補償法に基づく農業共済制度により補償される。農業共済制度は、農家が共済掛金を出し合い、災害があったときに被災農家へ共済金を支払う制度である。国の公的保険制度であり。戦前の家畜保険と農業保険とを統合して1947年に発足した。農業の特殊性から、共済掛金のほぼ半分を国が負担しまた農業共済再保険特別会計を設けて共済金支払いを保証する仕組みになっている。本制度には建物被害を対象とする建物更正共済もある。

( d) 経済支援

わが国では家計は自己責任で自然災害に対応することを原則とし、福祉的目的から弱者に限って国が救出するものとされてきた。例えば1947年に制定された災害救助法においては、国や地方自治体による災害時の救助の内容は避難所・応急仮設住宅の設置や食品や飲料水の供与1 医療助産などと現物支給が原則となっている。しかし1998年に議員立法により被災者生活再建支援法が設立され、自宅が全壊した世帯に対して生活必需品の購入賓'として最高100万円が支給されることとなった。2004年には居住安定支援制度が創設され支給額も最高200万円になった。そして2007年の改正では支給額は全壊の場合300万円になり、また、使途を定めない定額渡し切り方式になり?住宅本体の建設や購入にも支出できるようになった。年齢・収入要件も撤廃された。支給は都道府県が拠出した基金600億円から行い、国は支給する支援金の半分に相当する額を補助する。また、個人や中小企業・自営業を対象とした、災害関連の融資制度や税の減免制度遺族に対する災害弔慰金などもある。

東日本大震災では、津波により被害を受けた家屋が多数存在したことから、航空写真や衛星写真で家屋の流失が確認されたものなどに対しては一律に全壊扱いとして、権災証明書を不要にするなど、支援金の支払い手続きが簡素化された。一方、2013年5月の時点で、福島第一原子力発電所事故の長期避難者への適用は認められておらず、法適用についての論争が続いている。(多々納裕一、横松宗太)