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乱流

5.1 平均流特性(Characteristics of mean flow)

5.1.1 乱流場の分類

土木工学の分野で取り扱われる乱流は、ほとんど例外なくその平均速度が流れと直角な方向に勾配をもつせん断乱流であり、乱れが統計的に等方な、いわゆる等方性乱流と異なり、平均流の運動方程式に現れる変動速度の相関、すなわちレイノルズ応力が零とならないのが特徴である. したがって、平均流の特性を知るうえで、このレイノルズ応力をいかに評価するかが決め手となる.

せん断乱流は、境界層流、管路流、開水路流のように固体壁面の拘束を受ける「壁面乱流」と、噴流、後流、混合層流のように壁面に拘束されない「自由乱流」とに大別される.壁面乱流では、流体の粘性や壁面の粗さに支配される壁面近くの内層と、その外側で主流の状態に支配される外層とではその特性を異にする. 一方、自由乱流は流下方向に領域が拡大するとともに速度差が減少して、せん断力も低減するから乱れも次第に減衰する特徴をもつ.

ところで、境界層や管路流また自由乱流などの研究は熱線流速計を用いた風洞実験で1960年代に精力的に行われたが、水理学で現れる乱流のほとんどは水流であり(その代表例は開水路乱流である)、水流計測は気流計測に比べてはるかに困難であるため、その研究はだいぶ遅れ、1960年代後半に熱線を石英被膜でコーティングしたホットフィルム流速計が開発されて以来、1970年代になってようやく開水路乱流の研究が本格化した. 1980年代にはレーザー流速計が実用化された. レーザー光線はセンサを流れに挿入しないから流れを乱すことがなく、また速度検定も理論式で求められるため高精度のデータが得られるようになった.このように、開水路乱流の研究はここ20年間で急速に進展した分野であり、現在でも精力的に研究がなされている[14]. 以下では現在までにほぼ解明された開水路乱流を中心にその乱流特性を論述する.

5.1.2 壁面乱流の平均流速分布

壁面のごく近傍では粘性の卓越した粘性底層が存在し、平均流速UUは次式で与えられる直線分布を示す. U^+=y^+ \quad (y^+\lesssim 5) \tag{5.1} ここに、U+U/uU^+\equiv U/u_*y+uy/νy^+\equiv u_*y/\nu (uu_*: 摩擦速度、ν\nu: 動粘性係数)であり、yyは壁面に直角な座標である.

その外側の壁面領域は乱流状態であり、後述する混合距離理論が適用できるが、壁に近い領域では壁面に拘束されて、せん断応力は壁面せん断応力τ0\tau_0(ρu2\equiv \rho u_*^2)に等しく、混合距離llが壁からの距離yyに比例する(l=κyl=\kappa y)と仮定すると、壁面乱流の流速分布として U^+=\frac{1}{\kappa}\ln y^++A_s \tag{5.2} の対数則が得られる.ここに、ln\lnは自然対数を表わす.最近の実験によると、開水路流、管路流、境界層流ともにカルマン定数κ\kappaは0.41、積分定数AsA_s5.05.35.0\sim 5.3をとることが知られている[15].

式(5.1)および式(5.2)は内部変数uu_*ν\nuに依存しているから、これらを壁法則という.

粗面乱流の場合にも、 U^+=\frac{1}{\kappa}\ln\left(\frac{y}{k_s}\right)+A_r \tag{5.3} と表現される対数則が成立する.ここに、ksk_sは任意の形状の粗度要素を式(5.3)が満足するように砂粒径で置き換えたもので、相当粗度といわれる.式(5.2)と式(5.3)から次式が得られる. A_r=\frac{1}{\kappa}\ln(k_s^+)+A_s \tag{5.4} ここに、ks+=ksu/νk_s^+=k_su_*/\nuである.Nikuradseの綿密に砂粒をはりつけた管路流の実験から、ArA_rks+k_s^+の関数であり、ks+5k_s^+\lesssim 5では粗度頂部が粘性底層の中に埋没され、実質上粗度の影響が現れず滑面となるため、式(5.4)が成立する.一方、5<ks+<705<k_s^+<70の不完全粗面では、粘性と粗度の両方の影響を受けてArA_rは式(5.4)から次第に下方にずれて、ks+>70k_s^+>70の完全粗面になると粘性の影響がなくなり、Ar=8.5A_r=8.5の一定値をとる[26].

図-5.1に滑面開水路流での流速分布の実験値と式(5.1)と式(5.2)の理論値を示す.5<y+<305<y^+<30のバッファ層では、混合距離に粘性の効果を入れて数値的に解かれたvan Driest (ハンドリスト)の曲線があり、実験値とよく一致している[15].

式(5.2)の対数則は厳密には内層(y/h<0.2y/h<0.2hhは水深、図-5.2を参照)で成立し、その外側の外層での流速分布は次式のlog-wake則で与えられる[15]. U^+=\frac{1}{\kappa}\ln y^++A_s+\frac{\Pi}{2\kappa}w\left(\frac{y}{h}\right) \tag{5.5} w\left(\frac{y}{h}\right)=2\sin^2\left(\frac{\pi y}{2h}\right) \tag{5.6} ここに、w(y/h)w(y/h)はwake関数、Πはコールズ(Coles)係数である. 開水路乱流ではレイノルズ数Rem=4hUm/νRe_m=4hU_m/\nu(UmU_mは断面平均流速)が増加するとΠ値も増加しRe2×105Re\gtrsim 2\times 10^5でほぼ一定値のΠ=0.2に収束する. この変化特性は境界層流と同様であるが、ReReが十分大きい境界層ではΠ=0.55と大きな値となる[15]. 図5.1からわかるように、式(5.5)と実験値との一致は非常によい.

5.1.3 自由乱流の平均流速分布

自由乱流は乱れによる拡散作用が大きいから、その構造は流れのレイノルズ数に無関係で、平均流速や乱れの分布形は、拡散幅bbおよび特性速度UsU_sで無次元化すると流下方向(xx軸)に変化しない、いわゆる自己保存性を示す. 噴流や後流のこの無次元流速分布はガウス分布でよく近似される.なお、運動量保存則を用いるとbxmb\propto x^mUsxnU_s\propto x^nとおいた場合の指数mmnnが代表的な流れについて表-5.1のように求められている[16].

表-5.1 自由乱流の特性長さおよび速度の変化(Variations of characteristic-scale and -velocity in free shear flows)

流れの種類拡散幅の成長(mm)特性速度の減衰(nn)
2次元噴流xxx1/2x^{-1/2}
円形噴流xxx1x^{-1}
2次元後流x1/2x^{1/2}x1/2x^{-1/2}
円形後流x1/3x^{1/3}x2/3x^{-2/3}
混合層xxほぼ0

5.2 乱れ特性(Characteristics of turbulence)

5.2.1 開水路乱流場の領域区分

ここでは、十分に発達した2次元開水路流の乱れ特性を取り扱う. レイノルズ数が十分に大きい場合の乱れエネルギー式は次式で与えられる[17]. -\overline{uv}\frac{\partial U}{\partial y} =\underbrace{\varepsilon}_{E} +\underbrace{\frac{\partial}{\partial y}\left(\overline{v}\frac{q^2}{2}\right)}_{TD} +\underbrace{\frac{1}{\rho}\frac{\partial \overline{vp}}{\partial y}}_{PD} \tag{5.7}

上式の流体力学的な内容は、GGが乱れエネルギーの発生率、ε\varepsilonがその熱逸散率、TDTDおよびPDPDはそれぞれ乱れ運動エネルギーおよび圧力エネルギーの拡散率である. 式(5.7)の乱れエネルギーの収支関係に基づいて、開水路乱流場は図-5.2のように区分される[17].

  1. 壁面領域(y+100y^+\lesssim 100) 特性長さおよび速度のスケールはそれぞれν/u\nu/u_*およびuu_*であり、前述の壁法則が成立する.y+50y^+\lesssim 50ではバースト現象が顕著に起り、これによって乱れが発生されるから、乱れエネルギーの発生率GGが逸散率ε\varepsilonを上回り、水面側にエネルギーが拡散される.
  2. 自由水面領域(y/h0.6y/h\gtrsim 0.6) 特性長さおよび特性速度スケールはそれぞれhhおよびUmaxU_{max}であり、速度欠損則が成立する.ε>G0\varepsilon>G\approx 0となり、乱れエネルギーは不足する.自由水面によって鉛直方向の変動成分vvが抑制されるため、縦渦などの大規模な組織渦が発生しやすくなり[18],[19]、管路流に比べて複雑な構造となる.
  3. 中間領域(100ν/(uh)y/h0.6100\nu/(u_*h)\lesssim y/h\lesssim 0.6) 1.と2.との中間領域でありGεG\approx \varepsilonとなるエネルギーの動的平衡がみられる.y+50y^+\gtrsim 50GεG\approx \varepsilonとなることから、50ν/(uh)<y/h<0.650\nu/(u_*h)<y/h<0.6を平衡領域と呼ぶことがある.河床や自由水面の外的な境界条件にほとんど左右されないから、乱れの相似則が成立し、普遍関数表示が可能となる.

5.2.2 乱れ強度分布

主流方向(xx)、鉛直方向(yy)および横断方向(zz)の変動流速をそれぞれuuvvおよびwwとすると、それらの標準偏差u2\sqrt{\overline{u^2}}v2\sqrt{\overline{v^2}}w2\sqrt{\overline{w^2}}は乱れ強度と呼ばれる.

これらを摩擦速度uu_*で無次元化したものは、平衡領域内でy/hy/hの関数として普遍表示され、例えば禰津によって次式が提案されている[20]. u'/u_*=2.30\exp(-y/h) \tag{5.8a} v'/u_*=1.27\exp(-y/h) \tag{5.8b} w'/u_*=1.63\exp(-y/h) \tag{5.8c}

図5.3は主流方向の乱れ強度の計測結果であり、レーザー流速計による最近のデータも含まれている[15],[21]. 式(5.8a)は流れのほぼ全域にわたって実験値をよく表現し、また管路流や実河川での測定値とも良好な一致が認められることから適切な普遍関数と考えられている.v2\sqrt{\overline{v^2}}およびw2\sqrt{\overline{w^2}}についてもその普遍特性が実験によって確かめられているが[20]、v2\sqrt{\overline{v^2}}は自由水面の抑制作用を受けて、水面近くで式(5.8b)から外れ、急減することが認められている[22],[23].

一方、壁面領域では乱れエネルギーが非平衡な状態(G>εG>\varepsilon)にあり、式(5.8a)は適用できず、バースト現象の物理モデルから乱れ強度分布が計算される

[24]. しかし、これはかなり煩雑であるから、実用上は粘性効果を示す減衰関数FFを導入した次の半理論式が提案されている[15].

F(y^+)\equiv 1-\exp(-y^+/10) \tag{5.9}$$ ここに、$R_*=u_*h/\nu$であり、摩擦速度を用いたレイノルズ数を示す.上式は$y^+=17.7$で$u'/u_*=2.81$の最大値を示し、実験値とよく一致することが確認されている[15]. 粗面乱流では、粗度が大きいほど壁面近傍での$\sqrt{\overline{u^2}}/u_*$は減少し、一方$\sqrt{\overline{v^2}}/u_*$は若干増加して、等方化に向かうことが実験で指摘されている[25].これは、大規模渦が粗度要素によって崩壊されやすく、乱れエネルギーの再配分が進んで等方化が行われること、さらに粗面では壁面近傍での$u$変動の拘束条件が緩くなることによるが、粗度の影響は$y/h<0.3$の領域に現れ、主流域では式(5.8)が良好に適用される. #### 5.2.3 乱れエネルギーおよびレイノルズ応力の分布 乱れエネルギー$k$の分布は式(5.8)から、またレイノルズ応力$-\overline{uv}$の分布は運動方程式から、それぞれ次式のように求められる. $$\frac{k}{u_*^2}=4.78\exp[-2(y/h)] \\ k=(u'^2+v'^2+w'^2)/2 \tag{5.10}$$ $$-\frac{\overline{uv}}{u_*^2}=(1-y/h)\frac{1}{R_*}\frac{dU^+}{d(y/h)} \tag{5.11}$$ レイノルズ数$R_*$が十分大きければ、式(5.11)からレイノルズ応力は直線分布することがわかる.逆に、外層のレイノルズ応力を実測すれば、これを壁面($y=0$)まで外挿することによって摩擦速度$u_*$が評価できる.$R=-\overline{uv}/u'v'$はレイノルズ応力の相関係数であり、その一例が図-5.4に示される. 図中の太線は式(5.8)と式(5.11)から計算されたものである.$R$の分布特性は、境界層流、管路流、開水路流でほぼ一致しており、また壁面粗度の影響もほとんど受けず、乱れ構造は相似であるといえる. また、$y/h<0.6$の中間領域では、$R$は0.4のほぼ一定値を示す. #### 5.2.4 乱れのスペクトル分布 乱れによる流速変動は時間的・空間的に相関をもつから、その特性は周波数スペクトルや波数スペクトルによって調べられる.一般には、点計測によって周波数スペクトルが得られるが、凍結乱流の仮説を用いて波数スペクトルに変換される.すなわち、波数スペクトル$S(k_x)$と周波数スペクトル$F(f)$との間で次の変換公式が適用される. $$S(k_x)dk_x=F(f)df,\quad k_x=\frac{2\pi f}{U} \tag{5.12}$$ ここに、$k_x$は波数、$f$は周波数、$U$は局所平均流速である. さて、2測点の流速変動$u(x)$と$u(x+r)$との規格化された相関関数$R_u(r)$と1次元波数スペクトル$S(k_x)$とはフーリエ変換で結ばれ、次の関係がある. $$R_u(r)=\frac{\overline{u(x)u(x+r)}}{\overline{u^2}}=\int_0^{\infty}S(k_x)\cos(k_xr)dk_x \tag{5.13}$$ $$S(k_x)=\frac{2}{\pi}\int_0^{\infty}R_u(r)\cos(k_xr)dr \tag{5.14}$$ 等方性乱流では、次式が得られる. $$\int_0^{\infty}k_x^2S(k_x)dk_x=\frac{15\nu}{\overline{u^2}}\varepsilon=\frac{15\nu}{\lambda_x^2} \tag{5.15}$$ $\lambda_x$はTaylor (テイラー)のミクロスケールであり、$k_x^2S(k_x)$は乱れエネルギーの逸散率$\varepsilon$を決定するから、逸散スペクトルといわれる.高波数成分、換言すれば最小渦が、乱れエネルギーの熱逸散に大きく寄与していることが式(5.15)からわかる.一方、式(5.14)で$k_x=0$とおくと、 $$L_x\equiv \int_0^{\infty}R_u(r)dr=\frac{\pi}{2}S(0) \tag{5.16}$$ となる. $L_x$はマクロスケール($x$方向の積分スケール)であり、大規模渦のスケールを代表している.また、 $$\eta=\left(\frac{\nu^3}{\varepsilon}\right)^{1/4} \tag{5.17}$$ で定義されるKolmogoroff(コルモゴロフ)のミクロスケールは熱逸散がほぼ終了する最小渦スケールの目安を与える. スペクトル分布は、① $L_x$で代表される大規模渦の発生小領域、②中間渦スケールの慣性小領域、③ $\lambda_x$や$\eta$で代表される最小渦で構成された粘性小領域に大別される.発生小領域と慣性小領域で成立する内挿式としてKarman(カルマン)は次式を提案した[30]. $$k_xS(k_x)=\frac{2L_x\overline{u^2}/\pi}{\left[1+(\alpha k_xL_x)^2\right]^{5/6}} \tag{5.18}$$ $\alpha=k_0L_x$はレイノルズ数によって若干変化するが、1のオーダーである. 乱れのレイノルズ数$RL=u'L_x/\nu$が十分大きいと、慣性小領域が存在し、$k_x\gg k_0$以上の高波数成分は等方性で平衡状態にあり(局所等方性理論という)、エネルギースペクトルは$\varepsilon$のみに支配されることから、Kolmogoroffは次に示す周知のー5/3乗則を導いた. $$S(k_x)=C\varepsilon^{2/3}k_x^{-5/3} \tag{5.19}$$ $k_x\gg k_0$で、式(5.18)と式(5.19)とが一致することから、 $$\varepsilon = K\frac{u'^3}{L_x} \tag{5.20}$$ が得られる. ここに、$C$はKolmogoroffの普遍定数で約0.5をとる. $$K\equiv \left(\frac{2}{\pi C}\right)^{3/2}\alpha^{5/3}$$ は、レイノルズ数$RL$が増加すると漸減して、0.69に収束する[27]. 粘性小領域では、$\lambda_x$程度の渦に対してー3乗則、$\eta$程度の渦に対してー7乗則が成立する[22]. 禰津は[27]この領域で成立するHeisenberg (ハイゼンベルグ)の公式と式(5.18)とを接続して、全波数空間でのスペクトル分布形を計算している.図-5.5は開水路乱流の各領域での$u$変動のスペクトル$S_u(k_x)$を$L_x$で無次元表示したものであり、実測値は計算曲線とよく一致し、スペクトル形の相似性、主たる波数領域での-5/3乗則の成立が認められる. 式(5.15)、(5.17)および式(5.20)から、各特性スケール間には次の関係が成立する($RL\rightarrow\infty$で$K\rightarrow 0.69$を使っている). $$\frac{L_x}{\lambda_x}\approx \left(\frac{K}{15}\right)^{1/2}RL^{1/2} \approx 0.215RL^{1/2} \tag{5.21}$$ $$\frac{\lambda_x}{\eta}\approx 15^{1/4}RL^{1/2} \approx 0.104RL^{1/2} \tag{5.22}$$ ミクロスケールとマクロスケールの比はレイノルズ数$RL$の関数であり、$RL$が大きいほど慣性小領域の隔が広がることが式(5.21)および(5.22)からわかる. #### 5.2.5 乱れエネルギーの収支関係 乱れエネルギーの収支関係を示す式(5.7)に関して、発生率$G$は直接測定によって得られ、逸散率$\varepsilon$は式(5.19)を慣性小領域に適用して、-5/3乗則から逆算して求められる.あるいは、$\varepsilon$の半理論値として、式(5.8)と式(5.20)から $$\frac{\varepsilon h}{U_*^3}=K\left(\frac{u'}{u_*}\right)^3\left(\frac{L_x}{h}\right)^{-1}\approx 9.8\exp(-3y/h) \tag{5.23}$$ が得られる. ここに、$L_x/h\approx \sqrt{v^2/u^2}$と近似されている[27]. 乱れエネルギーの拡散率は、$\overline{v^3}\approx\overline{w^2v}$と近似すれば、$TD=\partial(u^2v/2+\overline{vp}/\rho)/\partial y$で与えられる. 一方、圧力エネルギーの拡散率$PD$を直接計測することは現在の技術では困難であり、式(5.7)の残差として計算される.図-5.6は、滑面および粗面乱流の発生率$G$、逸散率$\varepsilon$、運動エネルギーの拡散率$TD$および圧力エネルギーの拡散率$PD$の分布を示したものである.$y/h<0.6$では、発生率と逸散率が卓越し、両者はほぼつり合っている.拡散率は二次的な役割を示し、$TD$と$PD$がほぼつり合っている. 一方、$y/h>0.6$の自由水面領域では、発生率はほぼ零となり、逸散率が拡散率$TD$とつり合う.すなわち、壁面近傍ではエネルギーが過剰となり($G>\varepsilon$)、この分が拡散によって自由水面領域に向かい、そこでの乱れエネルギーの不足を補う. 図-5.6からわかるように、粗面乱流では、拡散率に粗度の影響が顕著に現れ、拡散率が乱れの発生機構と密接に関係することから滑面乱流の場合とは次節で述べるバースト構造が異なるものといわれている[28]. ### 5.3 組織構造(Coherent structure) #### 5.3.1 組織乱流の分類 乱れ運動は不規則であり、その特性は上述のように、統計的手法によって従来論じられてきた.しかし、近年の研究で、乱流中には大規模で組織だった構造が存在し、これが乱れの本質的な動特性を示すものであることが見出された[29].すなわち、壁面乱流での代表的な組織構造であるバースティングによって乱れが発生すること、また自由乱流での組織渦が運動量や物質の連行・混合に主要な役割を果すことが明らかにされている[30]. 一方、河川乱流には多様な組織渦が存在しており、これを分類したものが表-5.2に示される. バースト現象が水路床近傍に限られるのに対して、大規模渦は流れの主流部(外層)で発生する大きな変動(必ずしも強くない)であり、古くから実河川で観測されてきた.この渦の発生・維持機構は現在でも不明な点が多いが、スペクトル分布の発生小領域にみられる多重構造性の原因であり、また流れの3次元性をひき起こす主因と考えられている[3]. 表-5.2 組織乱流の分類(Classification of coherent structures) | 名称 | 運動形態 | 水理特性 | 流れ、発生位置 | |:---|:---|:---|:---| | バースト現象 | 間欠性、内部および外部変 数の依存性 | せん断乱流に共通した乱れ発生機構 | 河床近傍、滑面乱流で明白.粗面乱流でも類似な現象を示す(第3種のボイルに成長する)[31] | | 大規模渦 | (1) 周期性の強い渦 | 平面形の変化 | 不等流不定流、湾曲流など | | | (2) 間欠性の弱い渦、定常渦(roller) | 水平軸渦、鉛直軸渦などの2次元回転渦 | 河岸の剥離渦、水理構造物下流の後流渦、巨大な平面渦、死水域境界部、合流部、複断面水路など | | | (3) 間欠性の強い上昇渦(コルク渦) | 強いエネルギーをもち、土砂を浮上させる.水面に達してボイルとなる.剥離渦と因果関係がある | 河床波のクレスト直下流部で顕著.水理構造物周辺でも発生する(第1種のボイルに成長する)[31] | | | (4) 下降渦 | 局所洗掘の原因となる馬蹄形渦 | 水理構造物の前面や側壁 | | | (5) 螺旋(らせん)流やセル状の二次流 | 並列螺旋流(縦渦ともいう) | 直線河川(第2種のボイルを発生させる)[31] | | | | 単一螺旋流 | 湾曲河川 | #### 5.3.2 壁面乱流の組織構造 ##### (1) バースティング(bursting)構造 バースティングは壁面領域での組織だった渦運動であり、その発生を水素気泡の可視化によって観測した写真を図-5.7に示す[32].すなわち、バッファ層($y^+\lesssim 30$)の低速流体が激しく吹き上げられるエジェクション(ejection)が起った直後に、$y^+\lesssim 50$の上層から高速流体が壁面に向かって侵入してきて、低速流体を運び去るスウィープ(sweep)が起る一連の運動である.バースティングの基本特性は、①時間的・空間的に不規則に発生するが、エジェクション→スウィープ→エジェクションという比較的規則的な過程を示す.②エジェクションおよびスウィープによって瞬間レイノルズ応力が発生し、乱れが生成される.中川・禰津は[28],[33]、開水路流を対象として、種々の条件付き抽出法を用いて乱れ発生機構におけるバースティング事象の寄与率やその時空間構造を検討した結果、レイノルズ数、フルード数および壁面粗度を変化させても、バースティングの平均周期$T_B$は、 $$\frac{T_BU_{max}}{h}\approx (1.5\sim 3.0) \quad (U_{max}:\text{主流の最大流速}) \tag{5.24}$$ と外部変数で規制され、また、流れのほぼ全領域で一定となることを見出している.バースティングの移流速度を$U_c$とすると、流下方向に隣接したバースティングの平均間隔$\Lambda_x$は、$\Lambda_x=T_BU_c$であるから、 $$\frac{\Lambda_x}{h}\approx (1.5\sim 3.0)\frac{U_{max}}{U_c} \tag{5.25}$$ となる. 一方、水路横断方向に隣接したバースティングの平均間隔$\Lambda_z$は水理条件に無関係に次式で与えられることが知られている[25],[33]. $$\Lambda_z^+=\frac{\Lambda_zu_*}{\nu}\approx 100 \tag{5.26}$$ 式(5.25)と式(5.26)からバースティング現象は外部変数($h$と$U_{max}$)および内部変数($\nu/u_*$と$u_*$)の両方に支配されることがわかり、二重構造性をもつものと考えられている.エジェクションとスウィープでのレイノルズ応力の発生割合を測定した結果、$y^+<10$の粘性底層内ではスウィープの寄与率が大きいが、$30<y^+<0.6R_*$の平衡領域ではエジェクションの寄与率は0.77、スウィープの寄与率は0.57とほぼ一定となり、エジェクションがスウィープより大きく、バースティングは相似に変化することが示されている[28].一方、粗面乱流では、スウィープの寄与率が増加し、エジェクションとほぼ同じになることが知られている[25]. ##### (2) ボイル(boil)の構造 ボイルとは洪水時に川の水面が間欠的に渦輪のように盛り上がり、下層から運ばれてきた高濃度の浮遊土砂を放射状に拡散させる現象である.木下[34]はボイルが並列螺旋流(縦渦ともいう)に伴って発生することを示したが(第2種のボイルという)、Coleman (コールマン)[35]は河床波の背後から強いボイルが発生すること(第1種のボイルという)を見出した.このようにボイルは河床形態と密接な関係をもつが、Jackson (ジャクソン)[36]は実河川でのボイルの観測例を再整理して、①河床の粗度が大きいほどボイルは強く、また大きい. ②ボイルの直径は約$0.4h$である.③ボイルの平均周期$T_{boil}$は $$\frac{T_{boil}U_{max}}{h}\approx 7.6 \tag{5.27}$$ であることを明らかにした.式(5.27)がバースティングの発生周期と同じオーダーであることから、強いバースティングがボイルになる可能性(第3種のボイルという)が示唆されている[23],[36]. ##### (3) 並列螺旋流(Cellular secondary current)の構造 河川の大規模乱流構造として横断面内に並列した螺旋(らせん)流(縦渦)が形成されることが古くから指摘され、これによって最大流速点が水面より下方に現れたり、下降流と上昇流が交互に存在するために河床に縦筋が、水面に高速域と低速域が形成される[34]. また、浮遊砂の横断方向の濃度分布にも影響を及ぼすことが示されている[37].並列螺旋流の発生・維持機構を風洞[38]および移動床水路実験[39]で検討した最近の研究によれば、河床と流れの相互作用の結果、整然とした並列螺旋流や縦筋が形成されることが明らかにされている. #### 5.3.3 自由乱流の組織構造 混合層、噴流等の自由乱流にも組織構造が存在することが壁面乱流のバースティングの発見とほぼ同じ時期に発見された[40].バースティングが粘性底層の不安定性に起因して間欠的に乱れエネルギーを生成し、乱流を維持するのに対し、自由乱流では流入点での流速差に基づくKelvin-Helmholtz(ケルヴィン・ヘルムホルツ)の不安定性によって微小撹乱波が発達し、渦状に巻き込んで組織渦が形成され、ときにはいくつかの渦が合体して成長し、ついには崩壊して完全に発達した乱流になる. 図-5.8は2次元噴流の組織渦の一例を示す可視化写真である[32]. 流軸($x$軸)に関して対称な脈動性の組織渦がみられ、渦Dのように流下とともに回転しながら発達し、上流の渦Eを巻き込み合体するようすがわかる[40].このように、組織渦が周囲の流体を連行しながら発達するから、2流体間の乱流拡散やレイノルズ応力の発生に重要な役割を果している[41]. ### 5.4 乱流モデル(Turbulent flow modeling) #### 5.4.1 混合距離モデル(Mixing-length model) 乱流の挙動はNavier-Stokes(N-Sと略記する)の方程式によって表わされるが、この式は非線形のため一般には解析的に解くことは不可能である.速度と圧力の瞬間値を平均値とそのまわりの変動の和として、N-S式に代入し、長時間平均すると、平均流に対するレイノルズ方程式が得られるが、その中に流速変動の2重相関であるレイノルズ応力が新たに含まれ、これが乱れによる輸送を表わす.このレイノルズ応力をなんらかの方法で決定しない限り(完結問題という)、平均流の運動は解けないから、そのモデル化が乱流モデルの出発点となった.最初のモデルはBoussinesq(ブシネスク)の渦動粘性モデルであり、レイノルズ応力を $$-\overline{uv}=\nu_t\frac{\partial U}{\partial y} \tag{5.28}$$ で表わした.$\nu_t$は渦動粘性係数と呼ばれる. Prandtlは変動の速度スケールが$l|\partial U/\partial y|$に比例すると仮定して $$\nu_t=l^2\left|\frac{\partial U}{\partial y}\right| \tag{5.29}$$ を与えた.$l$は「混合距離」であり、分子運動論の平均自由行程に類似した「流体塊の行程」との発想で得られたものである.壁面乱流の壁面近くで$l=\kappa y$と仮定すると、式(5.2)や式(5.3)の対数則が導かれる. また、自由乱流では、$l$が拡散幅$b$に、$\nu_t$が速度差に比例すると仮定して $$\nu_t\propto b(U_{max}-U_{min}) \tag{5.30}$$ とおくと、流速分布が導かれ、単純な流れでは実験値とよく一致する[43]. #### 5.4.2 多方程式モデル(Multi-equation model) 前節のモデルは、$\nu_t$や$l$を既知量として与えて方程式を解いた.しかし、複雑な流れでは$\nu_t$を事前に予測し与えることは困難な場合が多く、$\nu_t\propto kl$ ($k$は乱れエネルギー)であることから、$l$は既知量として与えるが、$k$は式(5.7)の乱れエネルギー式を導入して未知変数として解く手法(1-方程式モデル)が1960年代に開発された.しかし、$l$を事前に評価することはやはり困難な場合が多く、このモデルは現在あまり使われない. 一方、$\nu_t\propto kl\propto k^2/\varepsilon$であるから、$k$と$l$あるいは$k$と$\varepsilon$の2つの未知変数を新たに導入し、レイノルズ方程式を完結させるために2つの乱れ輸送式を用いる2一方程式モデルが開発された.特に$k-\varepsilon$モデルは有名であり、1970年代にイギリスのImperial Collegeのグループによって開発された.彼らは、噴流、境界層流、管路流などの空気流に$k-\varepsilon$モデルを適用し、比較的短時間の計算量で合理的に流れの構造や温度分布を数値予測できることを示した.そして、計算に使われたモデル係数等は標準値として現在確立されたといってよい[44]. 1980年代初期にはRodi (ロディ)らのカールスルーエ大学グループによって水理学の分野に$k-\varepsilon$モデルが適用され始めた[45].開水路乱流への適用では自由水面の取扱いが最大の課題であり、自由水面の存在によって鉛直方向の乱れ強度$\sqrt{\overline{v^2}}$が急減する特性をモデルにとり込む必要がある[46].最近(1988年)、禰津ら[47]は、逆流を伴う複雑な開水路段落ち流れ(ステップ流ともいう)の乱流構造を$k-\varepsilon$モデルを使って良好に数値予測することに成功している. また、1988年にはアメリカ土木学会水理委員会(ASCE Task Committee)が水理学における多方程式モデル(主として$k-\varepsilon$モデル)の適用性に関して優れたレビューを行っている[47].今後、移動床などさらに複雑な境界条件をとり入れたモデルの開発が必要であろう.渦動粘性モデルが適用できないさらに複雑な流れではレイノルズ応力$-\overlineuv$自身も未知変数とした応力方程式モデル(3一方程式モデル)が提案され[48]、現在そのモデルの同定に精力的な研究が行われている. #### 5.4.3 Large Eddy Simulation (LES)およびDirect Numerical Simulation (DNS) レイノルズ方程式に基づいた多方程式モデルは、その長時間平均のためにN-S式中の多くの情報を失い、例えば組織渦などは全く計算できない.このためLES法が開発され、計算格子以上の大きな渦乱流はN-S式で計算し、計算格子以下の微細渦を局所等方性理論などを使ってモデル化(subgridモデルという)する手法である.1970年にDeardorff (デアドルフ)がLES法を管路流に初めて適用したが[49]、その後改良され、1982年にはMoin(モイン)とKim(キム)がこの手法を用いて前述した1970年代に発見されたバースティング現象を数値的に再現することに成功し[50]、一躍注目されるようになった.最近ではバースティングの物理モデルである低速・高速縞構造や馬蹄形渦の発生・発達をも再現できるようになり[51]、組織乱流の理論の構築が今後期待されている. このように、LES法は新たな乱流理論の開発や検証に有力な手法であるが、一様管路流などの非常に単純化された境界条件をもつ流れでさえスーパーコンピュータを用いても数時間の計算量を必要とし、まだ工学的な計算手法までには達していない.さらに、LES法で計算されたバースティングの低速縞間隔が$\Lambda_z^+\approx 250$となり、実測値の式(5.26)と一致しないことから、組織渦を定量的に再現するにはLESのsubgridモデルにさらに改良が必要であろう.このため、最近、上述の乱流モデルをいっさい使わずにN-S方程式を直接に数値計算[Direct Numerical Simulation (DNS)という]から解こうという動向にある. Kolmogoroffのミクロスケール$\eta$の微細渦まで解こうとすると、乱れは3次元であるから式(5.22)より格子点数$N$は$N\sim (L_x/\eta)^3\sim RL^{9/4}$となり、現在のスーパーコンピュータでは低レイノルズ数の流れしか計算できない. Kimらの$NASA$グループは[52]、レイノルズ数$Re=3300$、$Re_\tau\approx R_*=180$の管路流を、格子点数$4\times 10^6$設定し、Crayスーパーコンピュータを駆使して実に$CPU$で250時間計算した結果、従来の諸々の乱流統計値の実験値と良好に一致するとともに、式(5.26)をも満足する結果が得られ、貴重なデータベースとなっている. 21世紀に向かっての今後の乱流の基礎研究のうちで、数値流体力学ではこのような直接計算($DNS$)がますます進展するものと思われる[1]. 以上で第5章の乱流の説明を終わる.コンピュータを利用した乱流の数値解析法については、参考文献[53]および[54]を参照されたい. 参考文献: [1] 日野幹雄: 乱流, 朝倉書店, 1992. [14]-[54] (省略)