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拡散・分散

6.1 拡散と分散(Diffusion and dispersion)

6.1.1 拡散と分散

拡散現象は、不規則な運動、例えば分子運動や乱流により流体粒子が運動することにより、物質が時間の経過に伴い散らばる現象である.この散らばりの程度は、乱れの流速や乱れの空間スケールで異なり、これを拡散係数で表わしている.一様な乱流場における拡散は、拡散方程式で記述され、乱れによる物質の輸送を拡散係数と濃度勾配との積で表わされるとして解析するのが一般的である.

一方、管路や開水路のように流速分布が一つの断面で一様でないときには、この流速差により流れ方向の物質輸送に差が生じ、物質の混合が生じる. この現象は、拡散とは機構を異にしているので、この現象を分散あるいは移流拡散と呼んでいる.最も単純な場合として、図-6.1に示すような鉛直2次元断面を考える[53]. 一様な流れの場合には、拡散作用のみにより物質は混合するが、不均一な流速分布の場合には、拡散作用と流速の不均一性の両者により、流下方向に物質はより混合する.

拡散は、時間的な流速の不均一性により生じる現象であるのに対して、分散は空間的な流速の不均一性により生じる点が異なる.

6.1.2 拡散方程式

大気や水域における物質の拡散問題を取り扱う場合、平均濃度についての拡散方程式を用いるのが一般的である.この平均濃度を求めるために、瞬間量に適用できる1次元の拡散方程式について考える. \frac{\partial c}{\partial t}+u\frac{\partial c}{\partial x}=\frac{\partial}{\partial x}\left(D\frac{\partial c}{\partial x}\right) \tag{6.1} ここに、c(x,t)c(x, t)は瞬間濃度(g/cm3^3)、u(x,t)u(x, t)は瞬間流速(cm/s)、DDは分子拡散係数(cm2^2/s)である.

濃度と流速に関して、平均量と変動成分とに分ける.すなわち、c=C+cc=C+c'u=U+uu=U+u'とし、この両式を式(6.1)へ代入し、平均をとると、次式を得る. \frac{\partial C}{\partial t}+\frac{\partial UC}{\partial x}=\frac{\partial}{\partial x}\left(D\frac{\partial C}{\partial x}-\overline{u'c'}\right) \tag{6.2} 右辺第2項は、乱れによる輸送項を示し、この項がFick(フィック)の法則に従うと考え、平均濃度勾配に比例するとして、次式で示す. -\overline{u'c'}=K_x\frac{\partial C}{\partial x} \tag{6.3} KxK_xは、渦動拡散係数(あるいは乱流拡散係数)と呼ばれる.乱流においては、DKxD\ll K_xであるので、式(6.2)は、次式となる. \frac{\partial C}{\partial t}+\frac{\partial UC}{\partial x}=\frac{\partial}{\partial x}\left(K_x\frac{\partial C}{\partial x}\right) \tag{6.4} それゆえ、平均濃度を取り扱った乱流拡散方程式も、瞬間量を取り扱った拡散方程式と同一の形式となる. 3次元空間における乱流拡散方程式は、次式となる. \frac{\partial C}{\partial t}+U\frac{\partial C}{\partial x}+V\frac{\partial C}{\partial y}+W\frac{\partial C}{\partial z}=\frac{\partial}{\partial x}\left(K_x\frac{\partial C}{\partial x}\right)+\frac{\partial}{\partial y}\left(K_y\frac{\partial C}{\partial y}\right)+\frac{\partial}{\partial z}\left(K_z\frac{\partial C}{\partial z}\right) \tag{6.5}

3次元空間で、xx方向の流速のみ存在し、拡散係数が一定の場合の解は、次のとおりである.

i) 瞬間点源の場合[11] C=\frac{M}{8(\pi t)^{3/2}(K_xK_yK_z)^{1/2}}\exp\left[-\frac{x^2}{4K_xt}-\frac{y^2}{4K_yt}-\frac{z^2}{4K_zt}\right] \tag{6.6}

ii) 連続放出源の場合[12] C=\frac{m}{4\pi r(K_xK_yK_z)^{1/2}}\exp\left[-\frac{U(x-Ut)^2}{4K_xr}\right] \tag{6.7} ここに、MMは物質の放出量(単位は例えばg)、mmは物質放出率(単位は例えばg/s)、r=(x2+y2+z2)1/2r=(x^2+y^2+z^2)^{1/2}Kx=Ky=Kz=KK_x=K_y=K_z=K、である.

解析解は、いずれも拡散係数は一定とし、境界の影響のない半無限水域の条件であるため、その適用は限定されるが、海域や広い湖のような場合には、適用可能である.

6.1.3 拡散係数

物質の拡散現象は複雑であり、物質の拡散範囲をできる限り正しく把握するためには、拡散過程に及ぼす流れと拡散の効果を時間と空間スケールについて理解することが必要である.例えば、海域に投入された汚染物質の短時間の変化を問題にするときには、潮流のように約半日の周期で振動する流れは、移流効果として作用するが、1年間といった長時間の物質濃度変化を問題にするときには、流れというよりは、むしろ大きなスケールの渦群として拡散に寄与する.それゆえ、拡散方程式中の拡散係数を与えるときには、対象とする現象の時間・空間スケールを考慮して決める必要がある[13].

玉井[53a]は、日本沿岸海域において、染料あるいは浮子を投入して濃度あるいは粒子の統計的分散の時間変化、あるいは、流速変動を計測してその相関係数から求めた拡散係数の値を表-6.1のとおりまとめている. これらの値は、内海域における値であり、外海および外海に開した海域における拡散係数の値は、染料の放出実験から求められているが、この値については、6.2.3で述べる.

表-6.1 日本沿岸域における水平拡散係数(Diffusion coefficients in coastal areas near Japan)

海域拡散係数(cm2^2/s)海域拡散係数(cm2^2/s)
KyK_yKxK_xKyK_yKxK_x
東京湾3×1062×1073\times 10^6\sim 2\times 10^7備後灘9×1069\times 10^64×1074\times 10^7
三河湾5×1065\times 10^62×1072\times 10^7安芸灘2×1062\times 10^61×1071\times 10^7
大阪湾(12)×107(1\sim 2)\times 10^7(12)×107(1\sim 2)\times 10^7伊予灘5×1065\times 10^63×1073\times 10^7
明石海峡3×1073\times 10^72×1072\times 10^7周防灘6×1066\times 10^66×1076\times 10^7
播磨灘4×1074\times 10^74×1074\times 10^7紀伊水道2×1072\times 10^71×1081\times 10^8
備讃瀬戸1×1071\times 10^73×1073\times 10^7豊後水道2×1072\times 10^72×1082\times 10^8

(注) KyK_y:潮流楕円の長軸方向の成分、KxK_x:潮流楕円の短軸方向の成分.

6.2 一様乱流場での拡散(Diffusion in uniform turbulent flow)

6.2.1 固定源型と浮遊源型の拡散

図-6.2(a)に示すように、ある固定点から粒子を連続的に投入し、一つ一つの粒子が拡散していく軌跡を多数重ね合せた拡散状況を示したものが、固定源型の拡散、あるいはTaylor理論の拡散と呼ばれている.また、粒子1個1個の追跡のアンサンブル平均という意味で、"one particle analysis"と呼ばれる.

これに対し、図(b)に示すように2つの粒子を考え、その相互の距離が乱流により統計的にどのように変化するのかを論じたのが浮遊源型拡散、あるいは相対拡散と呼ばれている. Taylor拡散との対比から、"two particle analysis"と名づけられている.

固定源型の拡散は、煙突からの煙や工場等からの廃水の放出のように、固定された源から放出された物質の平均濃度を考えるのに対し、浮遊源型の拡散は、瞬間的に投入された多数の粒子群の重心まわりの拡散を考えるものである.

6.2.2 固定源型の拡散

一様乱流場での固定源型の乱流拡散は、1921年に発表されたTaylor[54]の理論が基礎である.いま、図-6.2(a)に示すように原点Oから粒子が連続的に放出されておりxx方向にのみ流れる場でのyy方向の拡散を考える.tt時間後のyy方向の広がりの2乗平均Y2(t)\overline{Y^2(t)}は、粒子の速度を積分して得られる.ただし、ここで用いる速度は、特定の粒子を追跡するラグランジュ流の変動速度である.

yy方向のラグランジュ的な変動速度をv(t)v(t')とし、粒子を放出してtt時間後の粒子のyy座標位置は、 Y(t)=\int_0^tv(t')dt' \tag{6.8} その統計的分散は、次式となる. \overline{Y^2(t)}=\int_0^t\int_0^t\overline{v(t')v(t'')}dt'dt'' \tag{6.9} v(t)v(t)\overline{v(t')v(t'')}は、同一粒子の速度の自己相関関数を示している.そこで、自己相関係数 R_y(t',t'')=\frac{\overline{v(t')v(t'')}}{\sqrt{\overline{v^2(t')}}\sqrt{\overline{v^2(t'')}}} \tag{6.10} を導入することによって、 \overline{Y^2(t)}=2\overline{v^2}\int_0^t\int_0^tR_y(\xi)d\xi dt' \tag{6.11} 上式より、ラグランジュ相関Ry(ξ)R_y(\xi)が得られれば、Y2(t)\overline{Y^2(t)}が算出される.

ここで用いられるラグランジュ相関は、一点に流速計を固定して得られるオイラー速度から得られるものとは異なり、直接測定は困難である.この相関係数は、式(6.10)から直観的に、R(0)=1R(0)=1R()=0R(\infty)=0となることは想像される. それゆえ、ttの小さいときには、 \overline{Y^2(t)}=\overline{v^2}t^2 \tag{6.12} ttが非常に大きくなれば \overline{Y^2(t)}=2\overline{v^2}Tt \tag{6.13} ここに、T=0Ry(ξ)dξT=\int_0^\infty R_y(\xi)d\xiは粒子速度の相関が継続する時間の目安を与えるもので、積分時間スケールと呼ばれる.拡散係数K=v2T=(1/2)dY2/dtK=\overline{v^2}T=(1/2)d\overline{Y^2}/dtは、次式となる.

K&=\overline{v^2}T & t\gg T \\ K&=\overline{v^2}t & t\ll T \end{aligned} \tag{6.14}$$ 上式から放出された近傍と、十分時間が経過した状態での拡散の状況はわかるが、この中間の時間における状態を考えるために、$\overline{Y^2(t)}$と乱れの周波数スペクトルとを関係づける.乱れの周波数スペクトルは、速度相関をフーリェ変換したものであるので、式(6.11)は、次式となる. $$\overline{Y^2(t)}=t^2\int_0^\infty E_y(f)\left(\frac{\sin [(1/2)ft]}{(1/2)ft}\right)^2df \tag{6.15}$$ ここに、$E_y(f)$は乱れの周波数スペクトルである. 式(6.15)から、$t$の小さな極限においては、 $$\overline{Y^2(t)}=t^2\int_0^\infty E_y(f)df=\overline{v^2}t^2 \tag{6.16}$$ 一方、$t$の大きな極限においては、 $$\overline{Y^2(t)}=\pi E_y(0)t \tag{6.17}$$ すなわち、放出源の近くでは、すべてのスケールの乱れが拡散に寄与するが、遠くなるにつれて大きなスケールの渦が卓越し、極限では最大の渦だけが寄与することになる. #### 6.2.3 浮遊源型の拡散[14] 2つの粒子を考え、その相互の距離が、時間とともに統計的にどう変るかを論じる. 図-6.2(b)に示すように、原点Oのまわりで$l_0$離れて粒子を同時に放出し、$t$時間後の相対距離$l(t)$の2乗平均$\overline{l^2(t)}$の変化を考える. 2つの粒子の相対速度を$\Delta u_l(t)$とすると、Taylorの場合と同じように、 $$l^2(t)=l_0^2+\int_0^t\int_0^t\overline{\Delta u_l(t')\Delta u_l(t'')}dt'dt'' \tag{6.18}$$ $t$が非常に小さい場合は、 $$l^2(t)=l_0^2+\overline{v_l^2(0)}t^2 \tag{6.19}$$ $t$が非常に大きくなると2つの粒子は、独立に運動するので、 $$l^2(t)=4Kt \tag{6.20}$$ これで時間の両極限はわかったので、中間的な領域について考える.2つの粒子間の平均距離が、乱流場の慣性小領域の渦のスケールであると考えると、相対拡散は、慣性小領域の渦によってなされるので、乱流エネルギーの逸散率$\varepsilon_0$および最初の距離$l_0$に関係する.よって、次元解析から $$l^2(t)=l_0^2+c_1(\varepsilon_0l_0)^{2/3}t^2 \quad (0\lesssim t\lesssim t_1) \tag{6.21}$$ $t$がさらに大きい中間領域では、$l$が大きくなり、もはや$l_0$とは無関係になり、$\varepsilon_0$のみに依存するため $$l^2(t)=l_0^2+c_2\varepsilon_0 t^3 \quad (t_1\lesssim t\lesssim T) \tag{6.22}$$ ここに、$c_1$、$c_2$はともに1のオーダーの定数であり、$t_1$は、式(6.21)と式(6.22)から $$t_1=O(\varepsilon_0^{-1/3}l_0^{2/3}) \tag{6.23}$$ ただし$O( )$はオーダーを表わす.海洋の混合層では、$\varepsilon_0=O(10^{-3} \text{cm}^2/\text{s}^3)$であるので、$l_0=O(10\ \text{m})$では、$t_1=O(10^3\ \text{s})$となり、相対拡散は、20分程度経てば$t^3$に比例する領域に入る.相対拡散の拡散係数は、 $$K=\frac{1}{2}\frac{dl^2}{dt} \tag{6.24}$$ であるので、慣性小領域に対しては次式を得る. $$K\propto \varepsilon_0^{1/3}L^{4/3} \tag{6.25}$$ ここに、$L=(l^2)^{1/2}$は拡散のスケールである. 式(6.25)は、拡散係数が、スケールの4/3乗に比例するという有名なRichardsonの4/3乗則[15]を示している. 海洋での水平乱流拡散係数と拡散スケールの関係は、Orlob、Pearsonによってなされ、それらの最適値は、図6.3に示すとおり、cgs単位系で示すと、次式となる[16]. $$K=0.01L^{4/3} \quad (\text{cm}^2/\text{s}) \tag{6.26}$$ ここで用いられる代表長さは、固定源型では場のスケール、浮遊源型では染料雲のスケールである. この式から、100mのスケールでは$K=2\times 10^4\ \text{cm}^2/\text{s}$、500mのスケールで$K=2\times 10^5\ \text{cm}^2/\text{s}$、1kmのスケールで$K=5\times 10^5\ \text{cm}^2/\text{s}$となる. ### 6.3 せん断流中における分散(Dispersion in shear flow) #### 6.3.1 せん断流による分散 管路や開水路での流速分布は、断面方向に一様でなく、せん断流の状態となっている.せん断流中では一様流の中におけるよりも見かけの拡散効果が増大する.これは、移流速度の不均一な分布と流れに直角方向への拡散作用が重なって、流れ方向に大きな分散の生じるものである. 水深方向に速度勾配を有する定常流を考えると、このせん断流による拡散物質の流れ方向の統計的分散は次式で示される. $$\sigma_x^2\propto 2D_xt+\text{const.} \tag{6.27}$$ ここに、 $$D_x=K_x+\int_0^h(U-\overline{U})^2l_0dz \\ l_0=\frac{U-\overline{U}}{-\frac{d\overline{U}}{dz}+\frac{1}{K_z}\int_0^z(U-\overline{U})dz}$$ ここに、$\overline{U}$は深さ方向の流速の平均を示す. このように、水平方向の広がりは、乱流拡散による項とせん断流による分散に関する項との和により表示できる.両者の大きさの比較は、拡散係数の値や流速分布によるが、一例として、$U=2\overline{U}z/h$、$K_z=$const. とすると、次式となる. $$D_x=K_x+\overline{U}^2h^2/30K_z \tag{6.28}$$ このように、たとえ水平方向に乱流が存在しなくても、平均流に鉛直方向の分布があると、これと鉛直方向の乱れによる拡散によって水平方向の分散が生じる. #### 6.3.2 円管内の分散 分散の概念を初めて導入したのは、毛細管の層流に関するTaylor[56]の研究であろう. ここでは、通常の円管内の流れである乱流の場合の分散を考える.円管内の流速は、壁面で遅く、軸線付近では速い流れとなる.円管内の流速分布として、次式の普遍的な流速分布を採用する. $$[u_0-u(r)]/u_*=f(\xi) \tag{6.29}$$ ここに、$u_0$は管中心の速度、$u(r)$は管軸方向の流速、$u_*$は摩擦速度$(=\sqrt{\tau_0/\rho})$、$\tau_0$は壁面せん断応力、$\rho$は流体密度、$\xi=r/a$、$a$は管の半径である. この流速分布を円筒座標系における拡散方程式へ代入し、断面平均の濃度輸送量を求め、縦方向の分散係数を求めると、次式が得られる. $$D=10.1 au_* \tag{6.30}$$ 1次元の分散方程式が適用されるためには、物質を投入して十分時間が経過し、断面内の濃度がほぼ一様となる必要があるが、この距離は、平均移流距離$\overline{U}t$が、縦方向の分散域の大きさ$\sqrt{4Dt}$に比べて十分大きくなれば成立するものと考えられる. #### 6.3.3 開水路の分散 Elder[17](エルダー)は、深さ方向にのみ流速が変化する開水路における分散を検討している.流れ方向に$z$軸、水面から鉛直下向きに$z$軸をとると、縦方向の分散係数は、次式で示される. $$D=-h^2\int_0^1u''dw\left[\int_0^1K_z^{-1}\left(\int_0^wu''dw\right)dw\right] \tag{6.31}$$ ここに、$h$は水深、$w=z/h$、$u''$は断面平均値からの流速の偏差である. 流速分布として対数則を用いて式(6.31)から分散係数を求め、流れ方向の物質輸送に関する乱流拡散の寄与を考慮すると、縦方向の分散係数は、次式で表わされる. $$D=5.93hu_* \tag{6.32}$$ 開水路の横方向渦動拡散係数$D_y$については、Fischer[18](フィッシャー)によりとりまとめられている. $$\begin{aligned} D_y&\approx hu_*\approx 0.20 & (\text{実験、直線水路、浮子で追跡}) \\ &\approx 0.15 & (\text{実験、直線水路、染料で追跡}) \\ &\approx 0.23 & (\text{用水路}) \\ &\approx 0.60 & (\text{Missouri川}) \end{aligned}$$ 湾曲部においては、横方向の分散係数($D_y$)の算定に次式が用いられている[19]. $$D_y=\frac{0.4}{\kappa^2}\frac{\overline{U}^2}{r_c} \tag{6.33}$$ ここに、$\overline{U}$は断面平均流速、$\kappa$はカルマン定数、$r_c$は湾曲の曲率半径である. ### 6.4 海洋での拡散(Diffusion in the sea) #### 6.4.1 海洋での水平拡散 海洋での拡散は、水平乱流が鉛直乱流に比べてスケールが著しく大きいため、通常水平方向の平面2次元現象を考えればよい.鉛直方向の濃度分布は、ある一定の厚さ($H$)にわたって一様に保持されるとすると、海洋拡散を支配する基礎方程式は、次式で示される. $$\frac{\partial C}{\partial t}=\frac{1}{r}\frac{\partial}{\partial r}\left[rK(r,t)\frac{\partial C}{\partial r}\right] \tag{6.34}$$ ここに、$C(r,t)$は物質投入後$t$時間経過後の物質雲の中心から$r$離れた点での平均濃度、$K(r,t)$は水平拡散率. $K(r,t)$は一般に次式で示される[20] $$K(r,t)=krm f(t) \tag{6.35}$$ 式(6.32)の一般解は、初期条件$C(r,0)=M\delta(r)/\pi Hr$のもとに与えられる. ここに、$M$は物質の放出量、$\delta(r)$は、ディラック関数である.これまで提唱された円形パッチの水平拡散理論は、要約すると、「拡散速度」をパラメータとする組と「エネルギー逸散」を有する組とに分けられる.その代表的な解を整理したのが表6.2である. 表-6.2 円形パッチ理論の比較[20](Comparison of circular patch theories) | 解の種類 | $f(t)$ | $C$ | |:---|:---:|:---| | Fick | 1 | $\frac{M}{4\pi Ktr}\exp\left(-\frac{r^2}{4Kt}\right)$ | | Joseph-Sendner | 1 | $\frac{M}{4\pi\rho tr}\exp\left(-\frac{r}{\rho t}\right)$ | | Ozmidov | $t^{1/3}$ | $\frac{6M}{\pi\gamma^{2/3}t^{5/3}}\exp\left(-\frac{2r}{3\gamma^{1/3}t^{4/3}}\right)$ | | 大久保 | $t^{1/2}$ | $\frac{M}{4\pi\omega tr}\exp\left(-\frac{r}{\omega t^{1/2}}\right)$ | (注) $p$:拡散速度(cm/s)、$\gamma$:エネルギー逸散パラメータ(cm$^{4/3}$/s)、$\gamma=C_1\varepsilon^{2/3}$、$C_1$:定数、$\varepsilon$:エネルギー逸散量、$\omega$:拡散速度. Joseph-Sendner[21]は、$K(r,t)$が$r$に比例すると仮定している($K=pt$).$p$は速度の次元をもち、拡散速度と呼ばれて、海洋での10m~1000kmのスケールに対し、$p\approx 0.5$ cm/sの範囲にあり、躍層や深層では、0.1 cm/sのオーダーと考えられている. Ozmidovは、相対拡散の4/3乗則を適用して、$K(r,t)$は、$r^{4/3}$に比例すると仮定した($K=\gamma r^{4/3}$).$\gamma$はエネルギー逸散パラメータと呼ばれ、$\gamma=C_1\varepsilon^{2/3}$で示され、約$5\times 10^{-4}$ cm$^{2/3}$/sと推定されている. #### 6.4.2 速度勾配を有する海域での3次元拡散 これまでは、海域の流れは一様であると考えてきた.しかし、実際の海域で観測される流れは、地形、密度差等によって一様ではなく、速度勾配をもっている.この場合の空間的な速度偏差と拡散とによって混合過程が支配されているときの解は、大久保[57]により解かれている. いま$x$方向の主流流速が$y$方向に$Q_y$、$z$方向に$Q_z$の一定な速度勾配を有し、渦動拡散係数$K_x$、$K_y$、$K_z$が一定とすると、拡散方程式は次式となる. $$\frac{\partial C}{\partial t}+(U_0+Q_yy+Q_zz)\frac{\partial C}{\partial x}=K_x\frac{\partial^2C}{\partial x^2}+K_y\frac{\partial^2C}{\partial y^2}+K_z\frac{\partial^2C}{\partial z^2} \tag{6.36}$$ ここに、$U_0$は$z$方向の平均流速である. 原点から物質量$M$を瞬間的に放出したときの解は、次式となる. $$C(x,y,z,t)=\frac{M}{8(\pi t)^{3/2}(K_xK_yK_z)^{1/2}(\phi_1+\phi_2t)^{1/2}}\exp\left[-\frac{\left(x-\int_0^tU_0(t')dt'\right)^2}{4K_xt(\phi_1+\phi_2t)}-\frac{y^2}{4K_yt}-\frac{z^2}{4K_zt}\right] \tag{6.37}$$ ここに、$\phi_1=(1/12)(Q_y^2K_y/K_x+Q_z^2K_z/K_x)$で定義され、$\phi_1^{-1/2}$は、移流項のせん断効果が、染料の分散に有効となり始める時間を代表する尺度である. 式(6.37)から、$t\ll \phi_1^{-1}$の初期には、最大濃度は$t^{-1.5}$に比例し、せん断効果が現れ始めたとき($t>\phi_1^{-1}$)、$t^{-2.5}$に比例して減少することがわかる. 浅い海域では$z$方向に現象が一様化するため2次元的な現象となる.この場合は、式(6.36)で$Q_z=0$として解を求めると、次式となる. $$C(x,y,t)=\frac{M}{4\pi ht(K_xK_y)^{1/2}(\phi_2t)^{1/2}}\exp\left[-\frac{\left(x-\int_0^tU_0(t')dt'\right)^2}{4K_xt(\phi_2t)}-\frac{y^2}{4K_yt}\right] \tag{6.38}$$ ここに、$\phi_2=(1/12)Q_y^2K_y/K_x$は$K_x$と鉛直方向のせん断効果による$z$方向への水平分散係数との和である. この式によると、最大濃度の変化は、$t\ll \phi_2^{-1}$では$t^{-1.0}$に比例し、$t>\phi_2^{-1}$では$t^{-1.0}$に比例して減少することがわかる. 以上で第6章の拡散・分散の説明を終わる. 参考文献: [11]-[57] (省略)