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水の波

8.1 波の諸元と分類 (Introduction)

8.1.1 波の諸元

水面に発生し、伝わっていく波は基本的には図-8.1に示すような断面形状をしている。水深が一様なところを単一方向に進んでいく波を考えると波面の形状はほぼ正弦的である。その波形を特徴づける量として、伝播方向の繰返しの距離 (例えば、波の峰から峰までの距離) を波長 LL、波の峰と谷の間の鉛直距離である波高 HH が用いられる。波高と波長の比 H/LH/L は、波形勾配と呼ばれる量で、波形のとがり具合を示すことになる。ある固定点で、波を観察していると波形が時間的に繰り返すことになり、その繰返し時間を周期 TT という。波形が進む速さを波速 (または位相速度) といい cc で表わす。波速 cc は定義より、c=L/Tc = L/T である。

波を数式で表現する際には、上記の諸元よりは、以下に定義する量を用いる方が表現が簡潔である。波長 LL に代えては、伝播方向の単位距離 (2π2\pi) 当りの波の数を波数 kk と定義すると、k=2π/Lk = 2\pi/L である。波数 kk は一般にはベクトルであり、図-8.2に示すように k=(kcosθ,ksinθ)k = (k \cos \theta, k \sin \theta) と表わされる。ここに、θ\theta は波向角である。波高 HH に代えては、その半分を波の振幅といい aa で表わす。周期 TT に対しては、単位時間 (2π2\pi) 当りに観察される波の数を角周波数といい ω\omega で表わすと、ω=2π/T\omega = 2\pi/T なる関係がある。波速は、

c = L/T = \omega/k \tag{8.1}

となる。最も基本的な波である正弦波の波形は、静水時の水面からの上昇高さを η\eta で表わすと次のようにかける。

\eta = a \cos (k x_H - \omega t + \varepsilon) \tag{8.2}

ここに、xH=(x,y)x_H = (x,y) は水平面での位置ベクトルを表わす。また ε\varepsilon は任意の位相角であり、以下では 0 として扱う。座標軸は、図-8.1に示すように水平面に xxyy 軸、静水面から鉛直上向きに zz 軸をとるものとする。したがって水底面は、水深を hh とすると z=hz = -h で表わされる。

波を式(8.2) のように表わしたとき χ=kxHωt\chi = k x_H - \omega t を波の位相と呼ぶ。位相を定義できるような場合は、波数 kk はその定義より次の波数の非回転の式を満たす。

\frac{\partial (k \cos \theta)}{\partial y} - \frac{\partial (k \sin \theta)}{\partial x} = 0 \tag{8.3}

8.1.2 波の分類

波動現象は平衡状態にある場に撹乱が生じたとき、平衡状態に戻ろうとする (復元) 力が働く場合にみられるものである。水の波の場合の復元力は2種ある。一つは境界面をはさんでの密度の違いが効く地球の重力であり、もう一つは境界面の性質によるところの表面張力である。前者を重力波、後者を表面張力波と呼ぶ。表面張力は表面の曲率に比例して働くために小さなスケール (波長にして数cm以下) の波に対してのみ重要となる。

実際の波は、撹乱を起す原因となるものによって種々あるが、最も一般的な風によって発生する風波は、波高、周期、進行方向ともに一定でなく、いわゆる (多方向) 不規則波である。これに対して先のような理想的な波を規則波という。本章では、規則波のみを扱う。不規則波については第44編第2章「海の波」を参照されたい。

8.2 基礎方程式 (Basic equations)

8.2.1 波の理論

波の理論も流体力学の一分野である。その理論的な扱いは、(海) 水が非圧縮性粘性流体としての連続の式(2.11)および Navier-Stokes の運動方程式(2.14)を満たすとするところから始まる。大気の密度は水の密度に比して十分に小さく特別な場合を除いて大気の存在は無視される。粘性についてもそもそも水のその値も小さく、波運動が主として自由表面付近で起ることから無視するのが一般的である。すなわち、完全流体とみなすわけである。完全流体においては、渦度が保存される (Lagrange の渦定理[79]) ことから静止状態からの波の発生を想定すれば、渦なしの流れとして扱えることになる。

8.2.2 表面波の基礎方程式

流体の内部では、渦なしの流れであるから次のような速度ポテンシャル ϕ\phi が存在する。

\mathbf{u} = \nabla \phi \tag{8.4}

ここに、\nabla(/x,/y,/z)(\partial/\partial x, \partial/\partial y, \partial/\partial z) で表わされるベクトル微分演算子である。式(8.4) を連続の式に代入すると

\nabla^2 \phi = 0 \tag{8.5}

を得る。一方、運動方程式は空間方向に積分することにより次のような Bernoulli の式となる。

\partial \phi/\partial t + (u^2)/2 + p/\rho + g z = \text{const.} \tag{8.6}

ここに、ρ\rho は水の密度、gg は重力の加速度である。

境界条件としては、固体境界ではそこでの流速が境界に沿っていることであり、水底面では次のように表わせる。

w + u_H \nabla_H h = 0, \quad z = -h \tag{8.7}

ここに、uHu_H は流速の水平方向ベクトル、H\nabla_H(/x,/y)(\partial/\partial x, \partial/\partial y) という水平面での2次元勾配ベクトルである。

水表面 (z=ηz = \eta) では、まず境界としての条件ともいうべき運動学的条件が次式である。

w = \partial \eta/\partial t + (u \nabla_H) \eta, \quad z = \eta \tag{8.8}

さらに水表面での動力学的条件としては、圧力が大気圧 pap_a であることであり、次式が成立する。

p = p_a - S (1/R_1 + 1/R_2), \quad z = \eta \tag{8.9}

ただし、SS は空気と水の間の表面張力であり、R1R_1, R2R_2 は曲率半径である。式(8.9) は Bernoulli の式(8.6) を用いて ϕ\phiη\eta に関する式にかきなおされる。なお、水底面での圧力はそのまま底面の側に伝わるだけで水の運動の側の境界条件とはならない。

8.3 微小振幅波理論 (Small amplitude wave theory)

8.3.1 微小振幅近似

式(8.4) から式(8.9) はその表面での境界条件の非線形性のためにそのまま解くのは難しい。そこで 0 次近似として静水状態を考えると 1 次近似として水面の変動量が小さいという仮定を導入することができ、その場合は方程式系は線形化される。これを微小振幅近似という。具体的には式(8.8)に代えて

w = \partial \eta/\partial t, \quad z = 0 \tag{8.10}

を、式(8.6) に代えて次式を用いる。

\partial \phi/\partial t + p/\rho + g z = 0, \quad z = 0 \tag{8.11}

微小振幅表面波の運動方程式を出発点として、さらに水深 hh が波長 LL に比して小さいという条件のもとで得られるのが次の微小振幅長波の運動方程式である。

\frac{\partial^2 \eta}{\partial t^2} - c^2 \nabla_H^2 \eta = 0, \quad c = \sqrt{gh} \tag{8.12}

このとき、水平流速 uu は鉛直方向に一様であり、一方向に進行する波の場合は u=ηg/hu = \eta \sqrt{g/h} である。鉛直流速 ww は無視できる量となり、圧力 pp は静水圧分布となる。

8.3.2 微小振幅波理論

まず水深が一様な場合に限る。時間的には現象が線形である限りフーリエ級数としての重ね合せができるので、ある周期 TT の正弦運動に着目して扱えば十分である。このとき、底面での境界条件を満たし、水平方向に発散しない解の速度ポテンシャル ϕ\phi は次のようになる。

\phi = \phi_1(x,y) \cosh k(h+z) / \sinh kh \exp (i \omega t) \tag{8.13}

ただし ϕ1\phi_1 は次の Helmholtz 方程式を満たす。

\nabla_H^2 \phi_1 + k^2 \phi_1 = 0 \tag{8.14}

式(8.14)自体の最も簡単な解は

\phi_1 \sim \exp (i k x_H) \tag{8.15}

である。残された表面での境界条件式(8.10)(8.11) から次の分散関係式 (波速 c=ω/kc = \omega/k と波数 kk または角周波数 ω\omega の関係を表わす式)、

\omega^2 = (g k + S k^3/\rho) \tanh kh \tag{8.16}

と水面波形 η\eta が求まる。ここで、重力と表面張力の効果が等しくなる波数は容易に求まり、それを波長に直すと L=1.7cmL = 1.7 \text{cm} である。それ以下の波長の波においては、復元力としては表面張力が卓越する表面張力波となる。

水面形として式(8.1)の表現を用いると、対応する速度ポテンシャルは次のようになる。

\phi = \frac{a \omega}{\sinh kh} \cosh k(h+z) \sin (k x_H - \omega t) \tag{8.17}

ここに、波の振幅 aa は水平方向の境界条件から定まる量である。式(8.1)(8.16) および(8.17) が微小振幅波の基本解である。ここで得られた解は、ある位相 χ\chi に着目すると、波速 c=ω/kc = \omega/kkk の方向に進行する波であることがわかる。このように単一の波が伝わっていくだけの場合を指して進行波と呼ぶ。

なお、ここで得られた解は、その周期成分をもつ外力が働いたときに発生し、その後は外力とは独立に自由に伝播するということで自由波と呼ばれる。一方、外力とともに進行する波を強制波と呼ぶ。

(1) 分散関係式、波速、波長、群速度

普通の波長の波は重力波であり、その分散関係式は次のようになる。

\omega^2 = g k \tanh kh \tag{8.18}

分散関係式(8.18)は水深 hh が与えられたときの角周波数 ω\omega (または周期 TT) と波数 kk (または波長 LL) の関係を与えるものである。与えられた角周波数 ω\omega に対して波数 kk を計算するときは、式(8.18) を少し変形して Newton 法で解くのがよい。ω\omega が与えられて、kk が求まれば波速、波長は容易に求まる。

わずかに角周波数の異なる波が重なり合ったときにはうなり現象が生じる。このうなり現象の進む速度を群速度といい、cgc_g で表わす。cgc_g はその定義より次式で与えられる。

c_g = d\omega/dk = n c, \quad n = (1 + 2kh/\sinh 2kh)/2 \tag{8.19}

(2) 深海波

分散関係式(8.18)は、khkh \to \infty の極限をとると、tanhx1\tanh x \to 1 (xx \to \infty)より次のように簡単になる。

\omega^2 = g k \tag{8.20}

なお、具体的な数値としては tanh(3)=0.995\tanh(3) = 0.995 であり、一般に h/L(=kh/2π)>0.5h/L (= kh/2\pi) > 0.5 のときを深海波 (もしくは沖波) と呼ぶ。

深海波の波速、波長、群速度はそれぞれ添字 0 を付けて表わされ、次のようになる。

c_0 = gT/2\pi, \quad L_0 = gT^2/2\pi, \quad c_{g0} = c_0/2 \tag{8.21}

(3) 長波

逆に kh0kh \to 0 の極限をとるのを長波近似といい、その場合の波を長波という。このとき式(8.18) は、tanhxx\tanh x \to x (x0x \to 0)より次のように簡単になる。

\omega = k \sqrt{gh} \tag{8.22}

このときの波速、波長、群速度は次のようになる。

c = \sqrt{gh}, \quad L = T \sqrt{gh}, \quad c_g = c \tag{8.23}

式(8.22)(8.23)は微小振幅長波の運動方程式(8.12) を満たしている。

(4) 一様な流れの影響

微小振幅波が鉛直方向に一様な流れ U=(U,V)\mathbf{U} = (U,V) とともにある場合は、その流れとともに動く移動座標系からみれば、これまでの議論がそのまま成立する。静止している観測者にとっての (相対) 角周波数を ω\omega^* とすれば

\omega = \omega^* - \mathbf{U} \cdot \mathbf{k} \tag{8.24}

である。なお、ω\omega は分散関係式(8.18)を満たす。

(5) 水粒子の運動、圧力

微小振幅波の水粒子速度は速度ポテンシャル、式(8.17)から容易に求まる。

u = a \omega \frac{\cosh k(h+z)}{\sinh kh} \cos (k x_H - \omega t) \tag{8.25}

w = a \omega \frac{\sinh k(h+z)}{\sinh kh} \sin (k x_H - \omega t) \tag{8.26}

水粒子の運動は、微小振幅近似に基づいて平均位置 (xH0,z0)(x_{H0}, z_0) での流速を用いることにより計算され、結果は次のようになる。

x_H &= x_{H0} + \frac{a \omega}{k} \frac{\cosh k(h+z_0)}{\sinh kh} \sin (k x_{H0} - \omega t) \\ z &= z_0 + \frac{a \omega}{k} \frac{\sinh k(h+z_0)}{\sinh kh} \cos (k x_{H0} - \omega t) \end{aligned} \tag{8.27}$$ この式から明らかなように水粒子は楕円軌道を描く。 水中の圧力 $p$ は Bernoulli の式(8.6)で2次の項を無視して、式(8.17) を代入することにより次のようになる。 $$p = \rho g a \frac{\cosh k(h+z)}{\cosh kh} \cos (k x_H - \omega t) - \rho g z \tag{8.28}$$ (6) 波に伴う平均量[80], [81] 水の波そのものは周期的な運動であってもそれに伴って平均的な動きが現れる。水の波の運動に伴う平均量 (波平均量) としては次のようなものがある。なお以下の表現は波の進行方向に $x$ 軸をとった場合のものである。 平均水深 $\overline{D}$ $$\overline{D} = h + \overline{\eta}, \quad \overline{\eta} = \frac{1}{T} \int_0^T \eta dt \tag{8.29}$$ 質量輸送速度 $\overline{M}_x$ $$\overline{M}_x = \frac{1}{T} \int_0^T \int_{-h}^{\eta} \rho u dz dt \tag{8.30}$$ 運動量流束 (またはラディエーション応力) $S_{xx}$, $S_{yy}$ $$S_{xx} = \int_{-h}^{\overline{\eta}} (\overline{p} + \rho u^2) dz - \rho g h^2/2 \tag{8.31}$$ $$S_{yy} = \frac{\overline{M}_x^2}{\overline{D}} - \rho g h^2/2 \tag{8.32}$$ 運動エネルギー $E_k$ $$E_k = \frac{1}{2} \int_{-h}^{\overline{\eta}} \rho |\mathbf{u}|^2 dz \tag{8.33}$$ 位置エネルギー $E_p$ $$E_p = \int_{-h}^{\overline{\eta}} \rho g z dz \tag{8.34}$$ 全エネルギー $E$ $$E = E_p + E_k \tag{8.35}$$ エネルギー流束 $F_x$ $$F_x = \int_{-h}^{\overline{\eta}} \left( \overline{p} + \frac{1}{2} \rho |\mathbf{u}|^2 + \rho g z \right) u dz \tag{8.36}$$ いずれの量もまず鉛直方向に積分し、時間方向には1周期にわたる平均をとっている。すべて底面上の単位面積当りの量である。波と流れが共存する場を扱うときには次のような波作用量 (wave action) と呼ばれる平均量の保存則が有用である[82]。 $$\frac{\delta A}{\delta t} + \nabla \cdot \mathbf{F}_A = 0, \quad A = \overline{\left[ \frac{1}{\omega^*} \left( \overline{p} - \rho gz + \frac{1}{2} \rho |\mathbf{u}|^2 \right) \right]} \tag{8.37}$$ 微小振幅波の解を代入すると以下のようになる。 $$\overline{D} = h \tag{8.38}$$ $$E_k = E_p = \rho g a^2/4, \quad E = \rho g a^2/2 \tag{8.39}$$ $$\overline{M}_x = E/c \tag{8.40}$$ $$S_{xx} = E(2n - 1/2), \quad S_{yy} = E(n - 1/2) \tag{8.41}$$ $$F_x = E c_g, \quad F_A = E (U + c_g)/\omega^* \tag{8.42}$$ 微小振幅波の場合は、運動エネルギーと位置エネルギーは等しく、かつエネルギーの伝播速度は群速度に等しい。 ### 8.3.3 重複波 周期の等しい波が逆方向から進行してきて重なり合うとき重複波が形成される。$x$ 軸の正の方向へ進行する波の振幅を $a_I$、逆の方向へ進行するものの振幅を $a_R$ とすると両者が重なってできる波の波形および速度ポテンシャルは次のようになる。 $$\eta = (a_I - a_R) \cos (k x_H - \omega t) + 2 a_R \cos k x_H \cos \omega t \tag{8.43}$$ $$\begin{aligned} \phi &= \frac{a_I \omega}{\sinh kh} \cosh k(h+z) \sin (k x_H - \omega t) \\ &\quad + \frac{a_R \omega}{\sinh kh} \cosh k(h+z) \sin (k x_H + \omega t) \end{aligned} \tag{8.44}$$ 特に、$a_I = a_R = a$ のときを完全重複波といい、水面波形および速度ポテンシャルは次のようになる。 $$\eta = 2a \cos k x_H \cos \omega t \tag{8.45}$$ $$\phi = \frac{2a \omega}{\sinh kh} \cosh k(h+z) \cos k x_H \sin \omega t \tag{8.46}$$ 水粒子速度は、速度ポテンシャルより容易に求まり、次のようになる。 $$u = \frac{2a \omega}{\sinh kh} \cosh k(h+z) \sin k x_H \sin \omega t \tag{8.47}$$ $$w = - \frac{2a \omega}{\sinh kh} \sinh k(h+z) \cos k x_H \sin \omega t \tag{8.48}$$ すなわち、完全重複波においては、波形は進行せず腹・節構造をなして定常波となる。水粒子運動は、腹では鉛直上下運動、節では水平運動となっている。 $a_I \neq a_R$ のときは、部分重複波となり進行波と重複波の中間的なものとなる。$x$ 軸の負の側に進む波を、正の側に進む波の反射してきたものとみなすとき、反射率 $K_R$ は次式で定義される。 $$K_R = a_R/a_I \tag{8.49}$$ ### 8.3.4 短波峰波 同一周期の波がある角度 ($2\theta$) をもって重なる場合に短波峰波が形成される。ここでは2つの波の振幅が等しい場合についてのみ扱う。この場合の波形は次のようになる。 $$\eta = 2a \cos (k x \cos \theta) \cos (k y \sin \theta - \omega t) \tag{8.50}$$ 波形は、式(8.50) からわかるように $x$ 軸方向には重複波、$y$ 軸方向には進行波の形状を呈する。このときの速度ポテンシャルは、波形と同様に重ね合せにより求まる。 ### 8.3.5 エッジ波[83] 水深が一定でない場合の微小振幅近似下での解としては、一様勾配斜面でのものが得られている。基本方程式群において底面での境界条件を次のように変えるだけである。 $$w = - u_H \cdot \nabla_H h, \quad z = -h(x) \tag{8.51}$$ ただし、$h(x) = x \tan \beta$ である。$\tan \beta$ は底面勾配である。 このときの最も基本的な解は次のものである。 $$\eta = a \exp (-k x \cos \beta) \cos (k y - \omega t) \tag{8.52}$$ $$\phi = \frac{ag}{\omega} \exp [-k(z \sin \beta + x \cos \beta)] \sin (k y - \omega t) \tag{8.53}$$ ただし $$\omega^2 = g k \sin \beta \tag{8.54}$$ 式(8.51) ~ (8.54)の解は汀線 ($y$ 方向) に進行する波でストークス (または0次) モードのエッジ波と呼ばれる。 ### 8.3.6 斜面上の微小振幅長波[83] 斜面上の波も、斜面が一様勾配ならば微小振幅長波近似のもとでは簡単に解ける。沿岸方向にある波数を想定すると上記のエッジ波の長波近似解を得る。その極限として沿岸方向の波数が0または波長が無限大の沿岸方向に一様な波を考えると次のような斜面上の重複波となる。 $$\eta = a_I [J_0(z) \cos \omega t - Y_0(z) \sin \omega t] + 2 a_R J_0(z) \cos \omega t \tag{8.55}$$ $$u = \sqrt{\frac{g}{h}} [a_I (J_1(z) \cos \omega t + Y_1(z) \sin \omega t) + 2 a_R J_1(z) \sin \omega t] \tag{8.56}$$ ただし $$z = 2 \omega \sqrt{x/g \tan \beta} \tag{8.57}$$ であり $x$ は汀線から岸向きにとった座標である。また $J_n$, $Y_n$ はそれぞれ第1種、第2種のベッセル関数である。ただし、添字は次数を表わす。汀線 $x = 0$ は第2種ベッセル関数の特異点であり、そこでは $a_I = 0$ でなければならない。 ## 8.4 有限振幅波 (Finite amplitude waves) ### 8.4.1 定形進行波 定形進行波とは形を変えることなく進行する周期的な波のことである。数学的には、水平方向 $x_H$ および時間 $t$ には位相 $\chi = k x_H - \omega t$ の形でのみ $\eta$ によるような解で、表面の境界条件を完全に満足するものを捜すことになる。 (1) 座標系と波速の定義 有限振幅波を扱ううえでの問題点の一つは座標の移動速度と波速の定義の関係である。粘性を無視して扱うために、一定速度で動く座標系の速度そのものを定めることはできない。そこで、次のような座標系を便宜的に考える。 ① 波の谷以下のある点での平均流速が0となる座標系 数式でかけば、 $$\int_{-h}^{z_c} u dz = 0 \tag{8.58}$$ が成立する場合である。この座標系は数学的な扱いの論文で用いられることが多い。この系での波速を Stokes の第1定義に基づく波速という。 ② ある点 $x_H$ で鉛直方向に積分し、かつ時間方向に平均した流量が0となる座標系 8.3.2(6) で述べた $\overline{M}_x$ が0になる座標系である。ネットの質量輸送がないということで工学者の中で通常用いられる座標系である。この系での波速が Stokes の第2定義に基づく波速と呼ばれるものである。 第1定義と第2定義の差は、微小振幅波では無視できる。 (2) 波平均量[84] 有限振幅波においても8.3.2(6) で定義された波平均量が計算されるが、ここでは有限振幅波においても成立するそれらの波平均量の間の関係式を与える。 $$2 E_k = c (\overline{M}_x - \overline{u} h) + \overline{u} \overline{M}_x \tag{8.59}$$ $$S_{xx} = 4 E_k - 3 E_p - 2 \overline{u} \overline{M}_x + \overline{u} g h \tag{8.60}$$ $$S_{yy} = E_k - E_p - \overline{u} \overline{M}_x + \overline{u}^2 h/2 \tag{8.61}$$ $$F_x = [3 E_k - 2 E_p - 2 \overline{u} \overline{M}_x + \overline{u} g (\overline{M}_x + c h)/2] c \tag{8.62}$$ $$F_A = (\overline{u} \overline{M}_x + 3T - 2V + \rho \overline{u}^2 \overline{D}/2 - 2 \overline{u} \overline{M}_x - \overline{u}^2 \overline{D})/k \tag{8.63}$$ ここに、$\overline{u}_b$ は底面での流速、$\overline{u}$ は波の谷のレベル以下の地点での平均流速である。なお、上記の定義1のもとでは $\overline{u} = 0$、定義2のもとでの扱いでは $\overline{M}_x = 0$ となる。 (3) ストークス波 非線形な方程式系を解くにあたっては、摂動法を用いるのが一般的である。摂動の微小量として波形勾配 $H/L$ (または $ka$) を用いて得られるのがストークス波である。ストークス波の摂動展開において第1次近似は微小振幅波理論と同じものになる。解析的には、波速の第2定義に基づく5次近似まで求められている[85]。 ストークス波の摂動展開を、計算機を用いて高次まで進めることも行われている[86]。その結果と式(8.59) ~ (8.63)の関係を用いて高次近似のもとでの種々の波平均量も計算できる。 (4) クノイド波[84], [87] 基本方程式の解としての定形進行波の存在限界は Stokes の限界波の条件 (波頂角が120度) と複素速度ポテンシャルの理論を用いて計算されている[88]。ストークス波の級数としての収束範囲は浅海域ではその限界にはるかに及ばない。そこで波形勾配だけでなく、浅海域であること、すなわち $kh$ も小さいことを条件として摂動展開して得られる結果の解がクノイド波である。この場合は第1次近似も後に述べるような非線形な方程式を解かねばならない。1次近似解は波速の定義1、2によらず次のようになる。 $$\eta = H [\operatorname{cn}^2 (\theta, m) - \operatorname{cn}^2] \tag{8.64}$$ ただし $$u = \sqrt{\frac{g}{h}} \eta \tag{8.65}$$ $$\theta = 2K(x/L - t/T) \tag{8.66}$$ $$g H T^2/h^3 = 16 m^2 K^2/3 \tag{8.67}$$ $$c (= L/T) = \sqrt{gh} \tag{8.68}$$ である。ここで、$\operatorname{cn}$ はヤコビの楕円関数であり、$m$ はその母数である。また $K$ は第1種完全楕円積分である。 クノイド波の一方の (波長が無限大の) 極限として孤立波がある。その水面形および波速は次のようになる。 $$\eta = H \operatorname{sech}^2 [\sqrt{3H/4h} (x - ct)] \tag{8.69}$$ $$c = \sqrt{g(h + H)} \tag{8.70}$$ (5) 流れ関数法[89] 流れ関数法と呼ばれる有限振幅波理論は、未知関数として水面変動 $\eta$ と、2次元の連続の式を自動的に満足する流れ関数 $\psi$ を未知数として用いるものである。さらに $\psi$ は渦なしの条件を満たすことと底面の境界条件より、静止座標系においては、次の形にかける。 $$\psi = B_0 z + \sum_{j=1}^N B_f \sinh jkz / \cosh jkD \cos k x_H \tag{8.71}$$ これを表面の境界条件式(8.8)と式(8.9)を満たすように、係数 $B_f$ ($j = 0, N$) を最小2乗法または Newton 法を用いて定めるものである。 (6) 有限振幅波理論の特徴と適用限界 有限振幅波理論の特徴は波高が高くなるに従って、図-8.3にみるように波形が峰でとがり、谷で平らになることである。この傾向は (程度は水深方向には減少するものの) 流速変動にもみられる。分散関係式に振幅が登場し振幅の大きい波は波速も大きくなる。また有限振幅性のために水粒子運動の軌跡が閉じずいわゆるストークスの質量輸送が発生する。 有限振幅波理論の適用限界というとき2つの意味がある。一つにはどの理論解も無限級数の形で表わされ、その収束範囲があるということであり、さらには実際に用いるときには有限項で打ち切るために生じる打ち切り誤差という問題である。二つには、実際の波、特に実験室内での規則波との差異の問題である。図-8.4は前者を図で表わしたものである。ストークス波は深いところで、クノイド波は浅いところで、流れ関数法は解の存在域全体で用いうる。図中には定形進行波の存在限界をも示す[88]。 ### 8.4.2 その他の有限振幅波 有限振幅波理論はその非線形性のために基本解を何にとるかということで、それぞれの場合に摂動展開を行わねばならない。解析的には有限振幅 (部分) 重複波の解としては4次までのもの[90]、有限振幅短波峰波としては3次までのものが得られている[91]。計算機を用いた高次近似解も研究されているが、定形進行波の場合に比して級数の収束性などでまだ問題がある[92], [93]。 最近になって、非常に非線形性の強い場合 ($ka \fallingdotseq 0.4$) には、定形進行波であっても1つおき2つおきに波形が異なるような解もみつかっている[94]。 ### 8.4.3 変調する波 (1) (定形) 進行波の変調[95] 変調とは、例えば進行波の場合は、複素振幅 $A$ (すなわち、振幅および位相) がゆっくりながらも変化することである。数式的には、解を次の形において系トークス波と同様な摂動展開を行うと (定形) 進行波の変調の支配方程式を得る。 $$\eta = \operatorname{Re} [A(\varepsilon x_H, \varepsilon t) \exp \{i (k x_H - \omega t)\}] \tag{8.72}$$ ここに、$\varepsilon$ は一般に波形勾配のオーダーの微小量である。2次のオーダーでは、$A$ は次の方程式に従い単に群速度で波形を変えずに伝播することになる。 $$\frac{\partial A}{\partial t} + \frac{c_g}{k} (\mathbf{k} \cdot \nabla_H) A = 0 \tag{8.73}$$ 変調する波の非線形性および空間方向の非一様性を考慮することで高次オーダーの式 (シュレディンガー型の波動方程式となる) も導かれている。 (2) 緩勾配方程式[96] 水の波として時間的な周期性のみを考え (例えば、$\eta = \tilde{\eta} \exp (i \omega t)$ とおく)、底面地形の緩やかな変化に伴う変調 (変形) を考慮すると線形の範囲では次の緩勾配方程式を得る。 $$\nabla_H (c c_g \nabla_H \tilde{\eta}) + k^2 c c_g \tilde{\eta} = 0 \tag{8.74}$$ 式(8.74) は偏微分方程式としては楕円型である。一方向のみに進行する成分をとりだせば放物型の近似式を得る。結果は空間方向の非一様性を考慮した定形進行波の線形なレベルでの変調である。 ### 8.4.4 変形する長波[97] 式(8.73) およびその高次近似式は、定形進行波としてはストークス波の場合、すなわち水深がある程度以上深い場合のものである。浅い場合にはクノイド波の変調ということになるがクノイド波の場合は第1次近似段階で解くべき式も非線形であり、数値計算も含めて、式のまま取り扱われる。以下の扱いにおいては、再び波の進行方向に $x$ 軸をとるものとする。 (1) 非線形長波方程式 まず浅海域の波動ということで鉛直方向の加速度を無視すると圧力は静水圧分布となり、連続式および運動方程式は鉛直方向に積分されて次のようになる。 $$\frac{\partial \eta}{\partial t} + \frac{\partial}{\partial x} [u (h + \eta)] = 0 \tag{8.75}$$ $$\frac{\partial u}{\partial t} + u \frac{\partial u}{\partial x} + g \frac{\partial \eta}{\partial x} = 0 \tag{8.76}$$ 式(8.75)および式(8.76)は非線形項を無視すれば線形長波としての式(8.12)となる。非線形項が加わると定形波の解は存在せず、水位の高いところが速く進み波形は前傾していく。 (2) Boussinesq 方程式 微小パラメータとして浅い ($\delta = h/L \ll 1$) ということのほかに振幅が小さい ($\varepsilon = a/h \ll 1$) ということを用い、さらに $\delta$ と $\varepsilon^2$ (アーセル数が1のオーダー) とおくと連続式として $$\frac{\partial \eta}{\partial t} + \frac{\partial}{\partial x} [(h + \eta) u] = 0 \tag{8.77}$$ 運動方程式として $$\frac{\partial u}{\partial t} + u \frac{\partial u}{\partial x} + g \frac{\partial \eta}{\partial x} - \frac{h^2}{3} \frac{\partial^3 u}{\partial x^2 \partial t} = 0 \tag{8.78}$$ を得る。なお、このときの流速 $u$ は断面平均量である。式(8.77) および式(8.78)を Boussinesq 方程式と呼ぶ。非線形性による前傾と式(8.78)中の高階微分項による分散効果がつり合って定形波の解が存在しうる。 (3) KdV (Korteweg-de Vries) 方程式 Boussinesq 方程式において一方向にのみ進行する波を考えると、長波の波速 $c_0 = \sqrt{gh}$ で移動する座標系からみた波形 $\eta$ に対して次の KdV 方程式を得る。 $$\frac{\partial \eta}{\partial t} + \frac{3}{2} \frac{\eta}{h} \frac{\partial \eta}{\partial x} + \frac{c_0 h^2}{6} \frac{\partial^3 \eta}{\partial x^3} = 0 \tag{8.79}$$ クノイド波 (および孤立波) の1次近似解はこの方程式の解の一つである。KdV 方程式はある条件下では初期値問題が解析的に解けること、ソリトンと呼ばれる基本解が存在することなどが知られている。津波などもその伝播過程においてある時期はこの方程式に従う。