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水文予測

降水予測

降水は水文システムの主要な入力であって、水文現象を予測するためには、降水の予測が重要です。

降水を予測するには、降水現象に対する理解や現象の観測、解析技術の開発が必要ですが、近年特に、アメダス(地域気象観測システム)やレーダー雨量計などの即時的・広域的な雨量観測システム、観測データの転送・処理システム、電子計算機の発展により、降雨の短時間予測の可能性が飛躍的に高まっています。

現在提案されている降雨の短時間予測手法の多くは、降雨の広域的な実況値を運動学的な手法によって外挿することを基本としています。地点(x,y)(x, y)における時刻ttの降雨強度(またはレーダーのエコー強度)をz(x,y,t)z(x, y, t)とし、降雨強度の時空間分布の変化が

zt+uzx+vzy=w(5.1)\frac{\partial z}{\partial t} + u \frac{\partial z}{\partial x} + v \frac{\partial z}{\partial y} = w \tag{5.1}

に従うものと仮定します。

移流ベクトル(u,v)(u, v)、発達・衰弱項wwが過去のデータなどから推定できれば、zzの現在値を初期値として式(5.1)を解いて将来の降雨が予測されることになります。これが運動学的な降雨予測手法の基本です。

立平・牧野は、700mb700mb面の風速ベクトルを移流ベクトルとし、発達・衰弱項を総観場のデータから推定する方法を提案しています。気象庁では、この方法を基に、3時間先までの「降水3時間予報図」を1時間おきに提供しています。

建設省土木研究所開発された雨域追跡法では、2値化したエコー図の相関係数から移流ベクトルを求め、中規模の降水現象の動きに対応しようとしています。雨域追跡法による予測計算例はかなり蓄積されてきており、その精度評価も行われています。

高橋らの移流モデルでは、移流ベクトルを位置座標の1次式とし、最小2乗法によってその係数を過去のデータから逐次同定しています。平行移動に限らず、雨域の変形や強度の変化を考慮する方法として、雨域変形の点対を視覚的判断により与え変形テンソルを同定する竹内の方法があります。

森山・平野らは、移流モデルにさらに拡散項を追加したモデルを用いた予測手法を提案しています。

建設省淀川ダム統合管理事務所では、空間スケールの異なる2つのエコー分布が重なっているものと考えて、観測されたエコー図をスケール分解する、地上雨量計による補正なども考慮するなどの点で特徴ある降雨予測システムを構成しています。

以上のように、レーダーデータを運動学的手法で外挿する方法による予測手法はかなり整備されてきており、今後さらに予測精度を向上させるためには、気象学的根拠をもった降雨場の変化過程の解析をとり入れる、3次元レーダーデータを活用する、気象衛星データを活用するなどの工夫が必要とされます。

流量予測

洪水予測手法の分類

洪水予測の方法には、気象法、雨量法、水位法があります。

気象法

気象法とは、総観場での気象パターンの変化予測に基づいてなされる予測法です。類似した気象パターンをもつ過去の降雨・出水資料から将来の降雨・出水を類推するのが基本です。例えば、空間平均法によって台風の進路を予測し、台風の中心気圧、位置などから降雨量を予測する方法が運用されています。

雨量法

雨量法とは、現時点までに得られた降雨の観測データおよび予測降雨から流出モデルを介して将来の洪水流量を予測する方法です。流出の遅れが大きい場合には降雨予測なしで流出予測を考えることもあります。

例えば、木村の貯留関数法を用いて降雨流出過程がモデル化される場合、遅滞時間分だけは降雨予測をしなくても流出予測できます。

水位法

水位法とは、河川の上流地点の水位を知って下流地点の水位を予測する方法で、過去のデータによる相関表または洪水追跡法を用います。

実時間流出予測

流出現象が現に進行しているときに、時々刻々観測される降雨・流量データを利用して、流量を予測していくことを実時間流出予測と呼びます。

降雨観測の精度および降雨から流量への変換モデルの精度が高ければ、流出予測問題は降雨予測問題に帰着します。この意味で、実時間流出予測においても降雨流出モデルの精度の向上が果たす役割は大きいと言えます。しかし、不十分ではあっても、現有の降雨流出モデル、降雨観測精度を前提にして、可能な限りその流出予測精度を高める努力も必要です。ここではこうした方向で流出予測問題を考えます。

実時間流出予測では、観測情報、特に流量観測値を用いて予測を逐次修正することが重要です。時々刻々の降雨・流量系列を流量予測に用いる一つの方法は、各時刻の流量が単位時間前までの降雨・流量系列の関数となっているような時系列モデルを用いることです。時系列モデルによる予測流量の計算は簡単ですが、流出系内部の動的推移の構造を考慮していないため、予測時間が大きくなるにつれ急速に精度が悪化するのが普通です。したがって、できる限り流出系内部の構造を考慮した物理的モデルを用いながら、しかも時々刻々の観測流量を利用するのが望ましいです。

ところが、一般に、物理的モデルは、流域内部の雨水分布の変化を記述する方程式とその雨水分布の結果としての流出量の表現という形式をとるので、観測流量を流出予測に組み入れるのは時系列モデルほど容易ではありません。しかしKalman(カルマン)以来のフィルタリング・予測理論の発展と計算機の発達によって、このような状態空間型の物理的流出モデルを基礎として予測流量を逐次修正していくことも可能になってきました。

実時間流出予測のアルゴリズム

簡単のため、流出システムは、線形であって以下で記述されるとします。

状態方程式:

xk+1=Fkxk+Bkuk+1+ξk+vk(5.2)x_{k+1} = F_k x_k + B_k u_{k+1} + \xi_k + v_k \tag{5.2}

観測方程式:

yk=Hkxk+Ckuk+ηk+wk(5.3)y_k = H_k x_k + C_k u_k + \eta_k + w_k \tag{5.3}

ここに、kkは時刻、xkx_knn次元状態ベクトル、uk+1u_{k+1}は時刻kkから時刻k+1k+1までの降雨量、yky_kは時刻kkの流出量(いずれも時刻k+1k+1には既知となるものとする)、FkF_k, BkB_k, ξk\xi_k, HkH_k, CkC_k, ηk\eta_kはそれぞれ時刻kkにのみ依存するn×nn\times n, n×1n\times 1, n×1n\times 1, 1×n1\times n, 1×11\times 1, 1×11\times 1次の行列です。

vkv_k, wkw_kはそれぞれnn次元および11次元の共分散行列が既知、平均00の白色雑音系列です。

時刻kkまでの観測情報によるxkx_kの線形最小2乗推定値とその推定誤差共分散行列、将来の降雨量系列uk+1u_{k+1}, uk+2u_{k+2}, ..., uk+Mu_{k+M}の予測値と予測誤差共分散行列が与えられれば、式(5.2)から、xjx_j, j=k+1j=k+1, ..., k+Mk+Mの線形最小2乗推定(予測)値とその予測誤差共分散行列を求めることができます。

xjx_jの予測値をx~j\tilde{x}_j, uju_jの予測値をu~j\tilde{u}_jと書くと、式(5.2)から

\tilde{x}_{j+1} = F_j \tilde{x}_j + B_j \tilde{u}_{j+1} + \xi_k_j \tag{5.4}

が得られます。

推定誤差の共分散行列、流出量の予測式を式(5.2)~式(5.4)から導くことができます。

次に、観測値を用いた状態推定の更新を考えます。

時刻k+1k+1の予測値yk+1y_{k+1}が得られる前の情報によるxk+1x_{k+1}の線形最小2乗推定値をx~(k+1)\tilde{x}(k+1)、推定誤差共分散行列をP~(k+1)\tilde{P}(k+1)とするとき、yk+1y_{k+1}が得られた後のxk+1x_{k+1}の線形最小2乗推定値x^(k+1)\hat{x}(k+1)と推定誤差共分散行列P^(k+1)\hat{P}(k+1)は、

Kk+1=P~(k+1)Hk+1T(Hk+1P~(k+1)Hk+1T+Rk+1)1K_{k+1} = \tilde{P}(k+1) H_{k+1}^T (H_{k+1}\tilde{P}(k+1)H_{k+1}^T + R_{k+1})^{-1}

x^(k+1)=x~(k+1)+Kk+1(yk+1Hk+1x~(k+1)Ck+1uk+1ηk+1)\hat{x}(k+1) = \tilde{x}(k+1) + K_{k+1}(y_{k+1} - H_{k+1} \tilde{x}(k+1) - C_{k+1} u_{k+1} - \eta_{k+1})

P^(k+1)=P~(k+1)Kk+1Hk+1P~(k+1)\hat{P}(k+1) = \tilde{P}(k+1) - K_{k+1}H_{k+1}\tilde{P}(k+1)

によって求められます。ただし、Rk+1R_{k+1}wk+1w_{k+1}の分散です。

これらの諸式が有名なカルマンフィルタです。

非線形系の予測

各時刻の流出量がそれ以前の流出量と降雨量の系列の関数でモデル化されていて、その関数が未知パラメータに関して線形であれば、未知パラメータを状態ベクトルと考えて、カルマンフィルタによって逐次推定・更新していくことができます。

日野は、このような方法でカルマンフィルタを初めて水文流出系の予測に導入しました。

モデルの基礎式が状態量の非線形項を含む場合には、拡張カルマンフィルタや統計的線形化フィルタなどの線形化フィルタを適用することになるでしょう。

有色ノイズの導入、ノイズ項の統計的パラメータの逐次同定、降雨予測誤差の感度分析なども検討されています。