水文統計
水文量の統計的特性
水文諸量は自然現象である降水に起因しているところから、その発生規模は確率的には小さくても際限なく大きいものと小さいものが起る可能性が常に存在します。一方、水工計画や水理構造物の設計において議論の対象となるのは、数十年に1回というような非常に低い確率で生 起するまれな水文事象です。通常の統計解析では平均値近傍の分布特性が最大の関心事であるのに反して、水文統計学ではその両端部の議論が重視されることが大きな特徴です。
したがって、水文統計学は水文資料から有用な確率統計的特性値を引き出し、その情報を水工計画・管理に活用しようとする学問です。当然のことながら、水文統計解析は、基礎資料となる水文観測資料の量的・質的制約を受けます。量的制約は観測期間の長さに依存し、質的制約は資料の精度に関連します。水文観測は自然現象を相手にするため観測のやり直しができず、欠測値の補充ができないことも水文統計解析上の問題点です。また、流域の都市化に伴う流出機構の変化など資料の統計的均質性が疑問視される事柄もありますが、その詳細を短い観測値のうえで実証することは必ずしも簡単ではありません。いずれにせよ、水文統計解析は上述した種々の制約条件のもとで水工計画上の意思決定に必要な情報を供給せざるをえない実状にあります。
水文量の変動特性は大きく分布特性と時系列特性に分類されます。分布特性値として重要な統計量は平均値、標準偏差(あるいは変動係数)およびひずみ係数です。時系列特性とは、水文量が時系列的にみて独立に生起しているかあるいは持続性を示しているかの性質をいいます。この特性値として自己相関係数が重要です。
したがって、これらの分布・時系列の特性値が水工計画上どのような影響を及ぼすかを念頭に入れておいた方がよいです。例えば、治水計画における計画高水流量の決定に際して、確率分布形の非対称性を表現するひずみ係数が無視されるとき( 正規分布を仮定)、設計値は過小評価され、危険側の計画となります。一方、利水計画においては貯水池容量の決定問題があります。このとき、ひずみ係数が大きくなるにつれて容量は減少する反面、自己相関係数が大きくなるにつれて容量は増加します。
確率統計水文学の理論体系は1変数分布理論と多変数分布理論に大別されます。前理論の適用にあたっての大きな障害は分布の非正規性と水文量の時間的・空間的相関性です。治水計画ではその性質上、年最大水文量が解析対象となりますが、標本は独立性と等質性を満足しているものと仮定する場合が多いです。近年、治水・水資源システムがますます複雑化し、多変数分布理論を用いて処理しなければならない問題も多くなってきています。
水文量の分布とその解析
確率年と確率水文量
確率変数の確率密度関数を、その分布関数をとすれば、次式が成立します。
式(4.1)が確率統計解析における基本確率モデルです。
がある特定値以下となる確率がであり、このを非超過確率、を超過確率といいます。
治水計画においては変数の大きいところが問題となるので、が治水安全度の指標とされます。一方、渇水のように小さいときが問題となる場合にはがその指標とされます。
が以上となるようなことが平均的にみて年に1度の割合で生起することが期待されるとき、このをリターンピリオド(再現期間)と呼んでいます。この場合、リターンピリオドと超過確率の間には次の関係があります。
ここに、は対象とする水文量の年平均生 起回数であり、年最大水文量を取り扱う場合、となります。このとき、リターンピリオドは超過確率の逆数となるので、を確率年ともいい、を年確率水文量と呼びます。が以下となる リターンピリオドも同様に定義されます。
リターンピリオド年の意味は超過確率レベルの水文量の生起時間間隔に関する期待値であって、治水計画そのものの危険度がでないことに留意する必要があります。年確率事象が特定の期間年間に少なくとも1回起こる確率は、ベルヌイ試行として、次式で与えられます。
例えば、年最大日雨量資料が独立でかつ等質な時系列と仮定します。このとき、100年確率雨量以上の雨が10年間に少なくとも1回起る確率は約10%であり、決して小さい確率とはいえません。
すなわち、異常降雨がいつどこで起っても不思議ではありません。また、年確率事象が少なくとも1回起るか、あるいは全く起らない半々の確率()となる期間は式(4.3)よりとなります。
式(4.1)の確率密度関数が既知であれば、特定値に対する確率年、あるいは特定の確率年に対する水文量は理論的には求まります。
しかしながら、実際の適用にあたってはいくつかの困難な問題が生じます。