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国際規格と海外展開

2014年1月の施行以来、アセットマネジメントの国際規格である ISO 55000 シリーズは、世界中の組織に大きな影響を与え続けています。

要求事項を定めた本規格は、認証機関による第三者認証の対象となるため、その潜在的な影響力の大きさから、アセットマネジメントに関わる様々なステークホルダーからの注目を集めています。

アセットマネジメントの国際規格化

国際標準化機構において、アセットマネジメントの国際規格化が提案されたのは2009年のことです。提案を行ったのは英国規格協会で、BSIがイギリスのアセットマネジメント研究所に委託して作成した公開仕様書 PAS 55が提案のベースとなっています。PAS 55は、物的アセットを対象としたアセットマネジメント規格で、物的アセットの最適マネジメントのための規格である PAS 55-1と、PAS 55-1を適用するためのガイドラインである PAS 55-2の2部構成となっています。

BSIの提案を受けて ISOにアセットマネジメントのプロジェクト委員会 PC 251が発足し、2010年6月にロンドンで開催された準備会合を含めて合計6回の全体会議が開催されました。会議を進める中で、PAS 55は物的アセットを対象としているが、策定する規格は物的アセットに限らず、すべてのアセットを対象とすることが決定しました。さらに、ISOのマネジメントシステム規格のための合同技術調整グループによってマネジメントシステムの整合化が図られ、すべてのマネジメントシステム規格に共通の上位構造、共通テキストおよび共通用語・定義が開発されている状況を踏まえ、策定している ISO 55000シリーズもこの上位構造、共通テキストおよび共通用語・定義に従うとの方針が決定し、規格の全面的な書直し作業が行われました。数度にわたる規格のドラフティング、メンバー国による投票、意見の提出とその結果の反映を経て、2013年12月に最終国際規格案に対する投票の結果、所定の賛成票を得て、2014年1月に ISO 55000「アセットマネジメント-概要、原則及び用語」、ISO 55001「アセットマネジメント-マネジメントシステム-要求事項」、および ISO 55002「アセットマネジメント-マネジメントシステム ISO 55001の適用のためのガイドライン」の3編からなる ISO 55000シリーズが発行されました。

ISO 55000シリーズの概要

SO 55000 シリーズは、組織が資産を効果的に管理するための体系的なフレームワークを提供する一連の国際規格です。このシリーズは、以下の3つの規格で構成されています。

ISO 55000:アセットマネジメント - 概要、原則、用語:アセットマネジメントに関する基本的な概念、原則、用語を定義します。 ISO 55001:アセットマネジメント - 要求事項:アセットマネジメントシステムの構築、運用、維持、改善のための要求事項を規定します。 ISO 55002:アセットマネジメント - 指導:ISO 55001 の要求事項を実装するためのガイダンスを提供します。

ISO 55000シリーズの中で、認証の対象となるのは要求事項である ISO 55001ですが、用語については ISO 55000を参照することとなっており、また ISO 55000では ISO 55001の要求するアセットマネジメントシステムについての概要も記載されているため、相互に関係の深い内容となっています。ISO 55002は、ISO 55001を適用するためのガイドラインであり、必ずしもそれを満足する必要はありませんが、具体事例や推奨事項等が ISO 55001の要求事項に沿ってまとめられており、ISO 55001を解釈する際の一助となるでしょう。なお、ISO 55000シリーズの詳細な解説については、別途解説書やユーザーズガイド等が発行されているので、それらを参照されたいと思います。ここでは、最低限必要と思われるコンセプトについて述べます。

アセットマネジメントの定義

ISO 55000ではアセットマネジメントは「アセットからの価値を実現化する組織の調整された活動」と定義されています。「価値の実現化は、通常、コスト、リスク、機会及びパフォーマンスの便益のバランスをとることを含む。」とされます。すなわち、ISO 55000シリーズでは、アセットマネジメントとは、アセットのコスト、リスク、パフォーマンスを最適化するような活動であり、その活動は組織の中で部署ごとにばらばらに行われるのではなく、組織全体を通じて統一された方針・計画に従って実施されるべきものであるということです。

アセットマネジメントシステムの定義

また、アセットマネジメントシステムは、「アセットマネジメントの方針及びアセットマネジメントの目標を確立する機能をもつアセットマネジメントのためのマネジメントシステム」、マネジメントシステムは「方針、目標及びその目標を達成するためのプロセスを確立するための、相互に関連する、又は相互に作用する組織の一連の要素」と定義されています。つまり、アセットマネジメントシステムとは、組織がアセットマネジメントの方針に従ってアセットマネジメントを実施し、その目標を達成させるためのプロセスを確実に決定・実施するための仕組みであり、しかもその仕組みは組織の中で一貫したものでなければなりません。

具体的なアセットマネジメントシステムの要素について、図17.7に示します。

図-17.7:アセットマネジメントシステムの重要な要素間の関係

図17.7に示されたアセットマネジメントシステムの要素には、以下の3つの流れがあります。

トップダウンの流れ

一つ目は、ステークホルダーおよび組織の状況をよく理解した上で組織の計画と組織の目標を立て、その計画・目標からアセットマネジメントの方針、アセットマネジメントの目標を立て、それを基にアセットマネジメント計画を策定、実施し、さらにアセットおよびアセットマネジメントのパフォーマンスを評価、改善するというトップダウンの流れです。

アセットマネジメントの方針は、組織の目的を、アセットマネジメントを通じて達成するための原則を示すものであり、アセットマネジメントに対するトップの明確な意図であるといってよいでしょう。また、戦略的アセットマネジメント計画は、アセットマネジメントの方針とアセットマネジメントの目標をつなぐもので、トップの意思であるアセットマネジメントの方針を、アセットマネジメントの目標へと落とし込むための枠組みを提供するものです。これによって、アセットマネジメントによって実現されるであろうアセットマネジメントの目標が策定され、それをさらに具体化して個々のアセットマネジメント計画が立てられます。計画策定の際には、測定可能な目標とその計測時期を明確にすることにより、アセットおよびアセットマネジメントのパフォーマンス評価、そして改善へとつなげることが可能になります。

支援の計画・提供の流れ

二つ目は、アセットマネジメントの目標および計画に対して、アセットマネジメントシステムや関連する「支援」を計画、提供する流れです。「支援」とは、資源、力量、認識、コミュニケーション、情報に関する要求事項、文書化した情報といったものから成り、アセットマネジメント計画を計画どおりに実行するために必要とされるものです。組織は、策定した計画を実施し、設定した目標を達成するためにどのような支援が必要かを決定し、実際に利用可能な資源とのギャップを分析しなければなりません。利用可能な資源が不足する場合には優先度を付けて資源配分するとともに、必要な資源が提供されるような措置をとることが求められます。支援の各要素が、どのように計画され、提供されているかは、アセットマネジメントの成否に直接影響を与えるものであり、マネジメントシステムの有効性を測る尺度にもなるでしょう。

ボトムアップの流れ

三つ目は、パフォーマンス評価の結果をトップにフィードバックし、継続的な改善へとつなげるボトムアップの流れです。わが国では、現場レベルにおいてはさまざまな要素技術や工夫された手順を用いて高度な維持管理を行っていることが多く、日々の維持管理活動における PDCAサイクルも比較的機能しているといってよいでしょう。しかしながら、その結果がトップに適切にフィードバックされ、組織全体の改善につながっている例はまだ少ないのではないでしょうか。ISOを取り入れてボトムアップの流れを機能させることによって、現場で得られた知見を組織全体で共有し、組織全体の改善につなげることが可能です。このことは、ISOの思想が決してわが国従来のマネジメントと相いれないものではないということも示しています。むしろ、わが国のマネジメントに不足している部分を補うものと解釈すべきでしょう。ISOは、欧米流のトップダウン型のマネジメント思想であり、わが国の経営には馴染まないというイメージがあるかもしれませんが、わが国においても、さまざまな形でマネジメントサイクルは回っており、その手順を見直し、より効率的なサイクルへと編集し直すために、ISOは有用な指針を与えてくれます。

また、ISO 55000シリーズは物的アセットのみならずすべてのアセットを対象としていること、ISOのマネジメントシステム規格に共通の上位構造に従っていることから、土木分野のアセットマネジメントを実践する際に通常行う手順、すなわちインフラ資産の状態や健全性の評価、劣化予測とライフサイクルコストの算定に基づく補修の優先順位・投資計画の決定、などといった技術的な事柄については何も触れられていません。このことは図17.7を見ても理解できるでしょう。もちろん、規格がこういったことを要求していないというわけではなく、どのような技術を用いてアセットの価値を最大化し、それによって組織の目標を達成するかというのは、組織が決定するもの、というのが ISOのスタンスであり、そのため具体的なアセットマネジメントの技術については規定されていないのです。

前節までで述べた、管理水準の設定、インフラ会計、データ収集や劣化予測等は、要求事項の中では箇条6「計画」、箇条7「支援」、箇条8「運用」および箇条9「パフォーマンス評価」といった箇所を満たすためのツールと捉えることができます。箇条4「組織の状況」と箇条5「リーダーシップ」は、ISOのマネジメントシステム規格に共通の箇条ですが、わが国の工学分野におけるアセットマネジメントではほとんど扱われてこなかった部分です。わが国のアセットマネジメント技術を武器に海外展開を進めるために避けて通れない課題となるでしょう。

海外展開の可能性と課題

2014年1月に ISO 55000シリーズが発行されて以来、ISO 55001の認証取得の動きが広がり、2015年6月までの約1年半の間に、国内で10件、海外で18件の認証取得事例が出てきています。発行された当初は、下水道や上水道等の水道分野での認証取得事例が多かったのですが、最近では電力や道路等、水道以外の分野での認証取得も増えてきています。

国内では、2014年9月に東京都水道局が日本で初めて ISO 55001の認証を取得しました。東京都水道局は、1898年の創設以来、120年以上にわたって都民の生活を支えてきた日本最大の水道事業体です。東京都水道局では、アセットマネジメントの取り組みを通じて、安全でおいしい水の安定供給と健全な経営の持続を目指しています。

また、2015年3月には、東日本高速道路株式会社が日本で初めて道路分野で ISO 55001の認証を取得しました。東日本高速道路株式会社は、日本の高速道路ネットワークの約3分の1を管理・運営する会社で、約3,900kmの高速道路を管理しています。同社では、アセットマネジメントの導入により、道路資産の状態を常に把握し、ライフサイクルコストの最小化と道路利用者へのサービス向上を目指しています。

海外でも、イギリスの水道会社であるユナイテッド・ユーティリティーズ社が、2014年1月に世界で初めて ISO 55001の認証を取得しました。同社は、イングランド北西部で約300万人の顧客に水道サービスを提供しており、約4万2,000kmの水道管を管理しています。同社では、アセットマネジメントの実践により、水道サービスの質の向上と効率的な運営を実現しています。

このように、国内外で ISO 55001の認証取得が進む中、認証取得組織は、アセットマネジメントの導入によって、インフラ資産の効率的な管理と、サービスの質の向上を目指しています。今後、ISO 55000シリーズの影響は、水道や道路だけでなく、電力、ガス、鉄道等、さまざまなインフラ分野に広がっていくことが予想されます。

ISOに限ったことではありませんが、インフラ資産の状態を把握し最適な管理を行う、すなわちアセットマネジメントを実践するためには、それを支援する情報システムが欠かせません。いまのところ、認証を取得した組織は、ISO 55000シリーズが発行される前からこのような情報システムを組織内で構築、運用していた組織が多いと考えられますが、今後は、このような情報システムも ISO 55000シリーズの影響を受け、ISO 55001の要求事項に適合しないシステムは市場から排斥されていくでしょう。情報システムだけではなく、メンテナンス技術についても同様です。ISO 55000シリーズで規定されるアセットマネジメントシステムの中に容易に組み入れられるような技術・技術群の方が、そうではない技術よりも受け入れられやすいことは想像に難くありません。

すでに述べたように、ISO 55000シリーズでは、具体的な要素技術については規定されておらず、また、いまあるアセットマネジメントシステムと相反するものでもないため、現在使用されている技術のうち特定のものを排除するようなことはあまり考えられませんが、今後の規格の運用によって、採用される技術に一定の傾向が現れてくるかもしれません。そうなるとそのような技術の市場優位性は高まり、デファクト標準化が進みます。アセットマネジメントをパッケージとして売り込むような場合には、それによってどれだけ効率的に資産を運用できるのかという技術的な優位性だけでなく、その技術群が ISOの要求事項にも沿うものであり、その技術群によって組織が無用な負担を負うことなく、ISO 55001の要求事項を満たすことができるということを示せることが重要になるでしょう。

ISOの影響は、規格の認証やコンサルティング、関連する要素技術だけにとどまりません。現在、世界ではインフラ資産や公共サービスの運営・維持管理に民間の活力を利用する、PPPや PFIの流れが活発になってきていますが、このような民間委託に対して、ISO 55000シリーズが活用される可能性が考えられています。すなわち、サービス提供者が資産を効率的に運営・維持管理し、VFMを高める能力を持っていることの証左として、ISO 55001の認証を取得していることをアピールする、あるいはサービス提供者に対して ISO 55001の認証取得を義務付ける、というような可能性が考えられるのです。また別の方法として、PPPや PFIで事業を受託する事業者に求められる「性能」を、ISO 55001の要求事項の達成度合いで測るという方法もあります。PPP/PFIでは事業者の創意工夫を生かすために、要求される成果を「仕様」ではなく「性能」で規定するのが一般的で、適切な要求性能の設定が事業の成否を分ける重要なポイントの一つですが、その設定は必ずしも簡単なものではありません。そこで、アセットマネジメントの業務を PPP/PFIで実施する際に、ISO 55001の要求事項に基づいたアセットマネジメントの成熟度を測定する方法を開発しておき、その成熟度を契約上の要求性能として用いるという方法が考えられるのです。イギリスでは実際に、英国道路公社が、高速道路の維持管理業務のアウトソーシングに対して、IAMが開発した、PAS 55に基づく成熟度評価法を活用し、サービス提供者に対して契約後6箇月以内に成熟度レベル2、3年以内にレベル3を達成することを要求しています。

このように、ISO 55000シリーズの影響は、国内だけではなく、わが国の海外展開においてもさまざまな分野に広がる可能性を持っています。規格そのものは、抽象的で包括的な表現が多く、実際の手順を規定するものではないため、この規格だけで実際にアセットマネジメントシステムを構築するのは難しいでしょう。そのため、規格をどのように解釈し、どのような技術を用いてどのように運用していくか、今後の流れによってさまざまなデファクト標準が発生するでしょう。わが国の保有する高い技術が、世界のアセットマネジメント市場で評価、活用されるためにも、この流れと反することなく、流れを作っていけるようになること、そのために、ISO 55000シリーズが戦略的に活用されることが望まれます。