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アセットマネジメントにおけるデータ収集の重要性

アセットマネジメントの備隊的進展状況

社会基盤施設ごとに、アセットマネジメントの進展状況の概要を備隊的に考察してみましょう。図1は京都大学大津宏康教授が2004年に提示した図を著者が現時点の状況を踏まえて修正したものです[^1]。陸上競技のトラックを模擬した周囲上に舗装、下水道、橋梁、上水道、地盤構造物が位置付けられています。舗装分野が先頭を走っており、その後に下水道分野、橋梁分野と続きます。地盤構造物分野はスタート地点を出て間もないです。著者が書き加えたものは下水道と上水道であって、舗装、橋梁、地盤構造物の相対的な位置関係は2004年と変化していないのが特徴です。すなわち、舗装分野がアセットマネジメントにおいて常にフロントランナーです。この背景について述べることを通して、アセットマネジメントを実践するために必要なデータとその収集方法の本質について説明します。

現在のアセットマネジメントは、実際の点検・調査データを活用した劣化予測技術を核とする方法論で構成されています。舗装分野は、そのような点検・調査データに基づくアセットマネジメントという観点においては、理想的なモニタリングシステムが実用化されています。これがアセットマネジメント分野において舗装をフロントランナーとして位置付けている最大の要因です。具体的には、舗装路面の損傷指標となるひび割れ、わだち掘れ、平坦性(IRI)という3指標を計測する路面性状調査車の開発が大きいです。一般的に社会基盤施設の点検や調査にモニタリングシステムを導入する目的は、人(技術者)では計測することが難しいなんらかの物理量を計測するためであることが少なくありません。しかし、路面性状調査車は人でも直接計測することが可能なひび割れ率、わだち掘れ量、IRIを計測しているに過ぎません。ただし、その計測を通常走行状態(高速道路では80km/h)で、かつ空間的かつ連続的に実施しています。このような効率的なモニタリングに加え、同時にデータ収集も効率的に行っています。つまり、多数のモニタリングシステムを分散的に配置するのではなく、1台の路面性状調査車が移動しながらデータも回収していく仕組みが構築されています。例えば1億円の予算があるときに、100万円のモニタリングシステムを100箇所に配置するのではなく、1億円のモニタリングシステム1台を開発し、それが移動しながら社会基盤施設の状態をモニタリングして同時にデータを収集するという発想です。社会基盤施設の寿命と比較して、モニタリングシステムは短命です。社会基盤施設の管理のために導入したモニタリングシステムの管理の方に手間がかかるという類の話はよく耳にします。その点、路面性状調査車の場合には、調査車に不具合が生じたとしても、その1台を修理すればよいです。また、センサー等の性能が格段に向上し、現行のセンサーが陳腐化したとしても、その調査車1台のセンサーを交換すれば機能向上を図ることができます。実際に舗装分野では、このようにして収集された路面性状調査データが他の社会基盤施設と比較して桁違いに多いです。通常のアセットマネジメントでは多くとも数千から数万の点検データが集まる程度ですが、舗装の場合には百万データを超えることもあります。このような豊富な点検データが舗装のアセットマネジメントの実用化を大きく進める原動力となっていることは疑う余地がありません。また、図1では舗装と同じ位置に軌道を位置付けました。軌道管理においても、軌道検測車が路面性状調査車よりも以前に実用化され、軌道狂いや高低差が計測されています。したがって、データ収集の効率性とデータ量という観点において本来であれば、軌道が舗装よりも先に、あるいは舗装と同程度に位置付けられてもよいはずなのですが、現状では獲得したデータの分析が十分になされていないように見受けられます。また、近年ではトンネル覆工コンクリートのひび割れ計測が路面性状調査車と同一のコンセプトで自動化されています。数年後に改めて同じ図を描くときには舗装と同じトップ集団に加わっている可能性もあります。

つぎに、舗装分野と橋梁分野の相違について述べます。上述のとおり、舗装分野は路面性状調査車の開発により、すべての道路区間を(状態が良い道路区間も悪い道路区間も)対象にデータを収集して蓄積しています。一方で、橋梁分野では目視点検を通して、損傷・劣化が進展している部材についてはその状態を記録していますが、全部材に対する点検結果が残されているわけではありません。これは橋梁の目視点検が舗装の路面性状調査のようにシステム化できてないことが要因です。もちろん、橋梁は舗装と異なり、多数の部材が複雑に組み合わさった構造物であり、それらを総合的に評価しなければなりません。また、アクセス自体が困難な部材も数多いです。したがって、さまざまな制約がある中で、橋梁の目視点検は損傷・劣化を検出することを第一義的な目的にせざるを得ません。しかし、この目的だけでは、目視点検を実施すればするほど、損傷・劣化が検出され、補修や更新のための費用が増加していくだけです。すなわち、点検を実施することに何のインセンティブも働きません。一般的なメンテナンスとマネジメントの相違はこの点にあります。目視点検の第一目的を踏まえつつも、点検はマネジメントの原動力となる情報を収集する行為であると位置付け、可能な限りすべての部材(損傷・劣化がある部材はもちろんのこと、健全な部材も)に対する点検を実施し、データを収集・蓄積する必要があります。十分な点検データが蓄積され、それにより劣化予測とライフサイクル費用分析が精緻化されれば、その結果として導き出される最適補修計画を実施することにより、場合によっては数億円単位の予算削減効果(点検を実施することによる支出を上回る予算削減効果)が期待できることになります。点検を損傷・劣化を検出するだけの手段と位置付けるか、マネジメントのための情報収集手段でもあると位置付けるか、でアセットマネジメントの進展状況は大きく異なります。

上下水道のアセットマネジメントはISO55000シリーズが施行されたことに加え、社会基盤施設および関連技術の海外輸出を見据えた際にしばしば第一候補として挙がることから、研究や実用化が急速に進展しています。また、独立採算方式を採用している企業体もあり、現状のインフラマネジメントでは検討が十分になされていない会計学的な観点(管理会計、インフラ会計など)を包括したようなマネジメントにまで踏み込んでいる事例[^2]も存在します。また、下水道は上水道に比べて、管径が大きいことから管路の点検データが蓄積されています。これらを総合的に勘案すると、下水道分野はすでに橋梁分野よりもアセットマネジメントが進展していると考えられます。一方で、上水道の管路は供用を停止しての点検が難しいこともあり、下水道分野に遅れをとっています。上水道に限らず、社会基盤施設によっては観測したい箇所が見えない、あるいはアクセスできない事例が少なくありません。そのような場合には、着目した損傷に対する直接的なデータでなくとも、それらと関連性の高いと考えられるデータを収集することも一案です。

データとマネジメント要素技術

(1) データ指向型劣化予測モデル

アセットマネジメントの研究開発では最先端を走る舗装分野であっても、そのマネジメントシステムが実務においても稼働しているとはいい難いです。その理由は、劣化予測モデル(deterioration forecasting model)を動かすために要求されるインプットデータが実務では獲得できないデータであることが多いからです。劣化予測に必要なインプットデータと実務で獲得できる情報が整合的でありません。いくら精度が高い予測モデルであったとしても、この点が解決できなければ、実務での使用は困難です。マルコフ劣化ハザードモデル[^3]に代表される統計的劣化予測手法は、データ指向型劣化予測モデルであることを強く意識しています。路面性状調査で獲得できるひび割れ、わだち掘れ、平坦性に対して、それぞれの管理目標値を設定し、管理目標値までを5段階、あるいは6段階程度に分割し、離散的な健全度情報に変換して、劣化予測を実施します。予測に必要な情報は路面性状調査データと劣化に影響を及ぼすと考えられる要因データ(ほとんどが台帳に保存されているデータ)だけですから、通常の路面性状調査業務を行うだけで劣化予測が可能となります。統計分析ですから調査データが蓄積すればするほど、劣化予測の精度は高まります。調査・点検でどのようなデータを獲得することができて、それを出発点として予測モデルを開発するという姿勢が必要です。ちなみに、多段階の健全度で評価されるような点検データにはマルコフ劣化ハザードモデル、2値で評価されるような点検データにはワイブル劣化ハザードモデル[^4]、特定エリアに存在する損傷・劣化の個数に対してはポアソン発生モデル[^5]というように、収集されるデータタイプに応じた劣化予測手法が求められます。

(2) オブジェクト指向型意思決定モデル

構造物管理者によって意思決定(decision making)の目的(最終的なアウトプット)は多様に異なります。例えば、舗装マネジメントの初期の目的はライフサイクル費用最小化を達成するような維持補修計画を立案することですが、そこから派生する形で、ひび割れ率何%を管理目標値とするか、路面性状調査の周期を何年にするか等、現場レベルの意思決定を支援するようなアウトプットが求められることもあります。一方で、舗装の維持補修に関する中長期的な計画、大規模老朽化対策の立案など、本社レベルの意思決定に必要なアウトプットが求められることもあります。このように舗装マネジメントにおいては、意思決定プロセスが階層的な構造となっていることに留意しなければなりません。

ただし、これらを網羅的にシステムに組み込んでおくことは不可能です。また、ボトムアップ方式で、今後必要となる予算計画を作成する際の武器としてマネジメントシステムを使用するのか、あるいはトップダウン方式で予算が決められた際の防衛手段として使用するのか、によっても計算過程が同じであっても、アウトプットの見せ方が異なります。このような多様なアウトプットを意識した意思決定モデルを構築する必要があり、管理者個々の実情に応じて、マネジメントシステムに組み入れる必要があります。したがって、オブジェクト指向型意思決定モデルには、カスタマイズ戦略が重要です。データ指向型劣化予測モデルでは、実務で収集できるデータがどのようなものであるかを把握した上でモデル開発を実施する必要がありますが、データが決まれば、劣化予測モデルは普遍的(再現的)に適用可能です。しかし、意思決定モデルにおいては、専門性が問われます。構造物管理者は、マネジメントシステムに期待するアウトプットを明確に提示できるようにしなければなりません。

(3) マネジメント指向型データベース

現状のデータベース(database)は、実務の作業ごとに別々に構築され、データが蓄積されています。例えば、道路台帳データベース、点検・調査データベース、補修データベースなどです。マルコフ劣化ハザードモデルを用いるか、用いないかは別にせよ、アセットマネジメントを行うためには、これらのデータベースから横断的に情報を取得する必要があります。例えば、ある特定キロポストの道路区間の過去2回の路面性状調査データを調べたときに、ひび割れ率が改善していたとします。その際には、オーバーレイ等が実施されていた可能性が高いので、補修履歴を確認する必要があります。このときに補修履歴が整備されていないと、補修によるひび割れ率の回復であるのか、測定誤差による見掛け上の回復であるのかの判断がつきません。また、補修が実施された場合であっても、補修工法が明記されていなければ、表層のみの打ち換えなのか、全層打ち換えなのかの判断がつきません(これによりライフサイクル費用算出の精度が低下します)。さらに、補修前後の調査データの有無が予測精度を高める上で不可欠なことは、マネジメントを行った技術者であれば誰でも理解していますが、残念ながら補修の直前と直後に路面性状調査が実施されることはまれです。マネジメントの観点からどのような情報を収集し残すべきかを検討して、マネジメントの観点から望ましいデータベースの構成を考えなければなりません。

点検ビッグデータとアセットマネジメント

データの量と質という観点からアセットマネジメントについて今後の技術開発の方向性も含めて整理します。図2は、データの量と質の観点から意思決定の領域を4分類した概念図です。縦軸にとったデータの質に関しては、構造物管理者による最終的な意思決定を支援する情報の質を表します。データの質は、構造物に対する点検技術を高度化させ、収集データそのものの質を高めることで実現可能であり、また従来どおりの点検データ(inspection data)であっても分析技術を高度化させることで高めることも可能です。同図において、当初はデータの質が低く、データ量も少ない不完全スモールデータ領域において意思決定を余儀なくされます。ビッグデータ以前の確率論や統計学は不完全スモールデータを対象として、そこから有益な情報(質の高い情報)を抽出することを目的に研究開発がなされてきました。このとき不完全スモールデータ領域からの技術開発は二つの方向性があります。一つは完全スモールデータ領域、もう一つは不完全ビッグデータ領域を目指す方向性です。ビッグデータの概念が浸透する以前は、往々にしてスモールデータ領域でデータの質を上げる、すなわち完全スモールデータ領域を目指す技術開発が実施されてきました。土木工学に限らず、「意思決定に用いる情報は量こそ少ないが、精度が高くて因果関係がはっきりしている」という方向性を指向する際には、新しいデータを取得する必要が生じ、ソフトウェア技術よりもハードウェア技術の開発が優先されます。実際に、社会基盤施設のアセットマネジメント分野では非破壊検査技術やモニタリング関連のセンサー技術が急速に進展してきました。これらは詳細点検技術という形で実用化され、損傷が著しい構造物に対する補修の要否、補修工法の選択という意思決定に有用な情報を提供しています。しかし、詳細点検は費用や時間面での制約が大きく、適用は限定されます。特定の社会基盤施設に対する具体的な補修・補強を検討するメンテナンス(maintenance、維持管理工学)の発展には寄与してきたが、すべての社会基盤施設を対象に意思決定を行うアセットマネジメントに適用することは困難です。一方、不完全ビッグデータ領域に関しても、1)既存のセンサー類の汎用化と低価格化が進んだこと、2)センサーネットワーク技術が進展したこと、が当該領域への移行を後押ししました。いずれにせよ、領域間を移行するためには革新的なハードウェア技術の開発が不可欠です。

ビッグデータが対象とする不完全ビッグデータ領域は、データの量が増加しているのであって、情報の質が高度化しているのではない点に留意が必要です。不完全スモールデータ領域では、情報量と統計分析手法の高度化はトレードオフの関係にあることは事実です。ビッグデータ領域ではスモールデータ領域で蓄積した知見や研究成果を踏まえて、統計分析手法を高度化させることにより、同じデータであっても、より高度な情報(実務に有益な情報)を抽出することが可能となります。したがって、ビッグデータ領域においても、スモールデータ領域で開発された統計分析手法が不要となるわけではありません。不完全データを扱う限り、統計分析手法の高度化を進展させ、質の高い情報(実務においてより有益な情報)を抽出することが重要となります。実際に、複雑な確率モデルによる劣化事象のモデリング技術が進展しています。もちろん、これらの定式化は従来でも十分可能でした。しかし、実際の点検データを用いた推計を可能としたのは、ビッグデータ概念の普及と、ベイズ推定を中心とする近代統計学の発展です。

ビッグデータに関する一般的な概念に基づけば、目視点検による社会基盤施設の点検データは、データ量という意味において必ずしもビッグデータの範疇に属さないかもしれません。しかしながら、舗装では路面性状調査車による点検・調査が実用化されています。両分野に共通している点は、新規データの取得ではなく、既存データの効率的な取得のための点検技術を開発したことです。さらに、点在する構造物ごとにセンサーを設置しモニタリングシステムを構築すると、個々のシステムの費用や管理の負担が大きくなってしまうだけでなく、データ回収のためのネットワークの規模も大きくなります。路面性状調査車および軌道検測車は点検システムを移動させ、点検とデータ回収を同時に実施しています。このようなモニタリング技術を導入することにより、点検データ量が今後爆発的に増加していくことが予想されます。アセットマネジメントにおける意思決定では高品質な情報を取得するためのハードウェア技術は必要なく、現在蓄積されている膨大な点検データ(ビッグデータ)を分析するためのソフトウェア技術(知的技術)が必要なのです。

収集データの実務的活用

従来のアセットマネジメントにおいては、社会基盤施設の永続的な使用を前提にライフサイクル費用(life cycle cost)最小化を目指した最適補修施策が検討されてきました。一方で、高速道路などでは、社会基盤施設の大規模補修・更新が検討され始めています。今後、国道や県道、さらにはさまざまな社会基盤施設に関しても、大規模補修や更新が検討されることになるでしょう。社会基盤施設の老朽化対策は管理対象となるすべての構造物を対象に計画を立案しなければなりません。ひどく損傷した一部の社会基盤施設を公開するだけでは説明責任を果たしたことにはなりません。少なくとも、現時点におけるすべての社会基盤施設の健全性を評価して、劣化を予測し、その結果に基づき、さらには予算制約や優先順位を勘案した上で、ライフサイクル費用が最小となるような補修・更新計画を立案していくことが重要です。このようなアセットマネジメントを通して、補修・更新計画の妥当性を広く訴えかけることが説明責任を果たす第一歩となります。したがって、社会基盤施設のアセットマネジメントを実践していく上で、その原動力となるのは点検によって得られるビッグデータであると考えます。とりわけ高速道路では社会基盤施設に対する膨大な点検データが蓄積されつつあります。一つひとつの点検データは単独ではそれほど有用な情報をもたらしません。しかし、点検ビッグデータという過去の財産を丁寧に分析することによって、将来に対する知見(補修・更新計画)を獲得することができます。また、点検ビッグデータから知見獲得に至るまでの意思決定プロセスを視覚化することが客観的かつ透明性のある説明責任を果たすことに直結します。社会基盤施設によっては点検自体が困難なものもあるために、どうしても新しい点検技術の開発に目が向きがちです。もちろんそれはそれで必要ではありますが、来年、再来年に実用化し得るものではありません。むしろ、現時点においては、いま存在する点検データに基づくアセットマネジメントの方法論を開発することが重要です。