Skip to main content

インフラ会計とアセットマネジメント

インフラ会計の意義

インフラ会計は、マクロレベルのアセットマネジメントを実施する上で重要な機能の一つです。アセットマネジメントのための予算計画を策定し、インフラの維持補修のためのアクションプログラムを機能させるためには、そのガバナンスを確保するためにインフラ会計が必ず必要となります。

アセットマネジメントの基本的な階層構造は、図1の左下の図のように整理できます。図中の小さいサイクルほど、短い期間で回転するサイクルに対応しています。

  • 最も内側のサイクル:各年度の修繕予算の下で、補修箇所に優先順位を付け、修繕事業を実施する。
  • 中位の補修サイクル:新たに得られた点検結果等に基づいて、例えば将来5箇年程度の中期的な予算計画や戦略的な補修計画を立案する。
  • 最も外側のサイクル:長期的な視点からインフラのサービス水準やそのための予算水準を決定する。

アセットマネジメントでは、予算過程の中で修繕予算額が決定されるため、常に計画どおりの予算額を確保できる保証はありません。しかし、ある年度における修繕実績は将来年度における修繕需要に影響を及ぼします。インフラのサービス水準を持続的に維持するためには、インフラの資産価額を評価するとともに、将来に繰り越された修繕需要を評価する管理会計情報が必要となります。

インフラ資産管理の会計情報を整備することは、インフラ管理者にとってのアカウンタビリティを示す上でも重要です。管理する資産をいかに維持し、その能力を発揮させるかという組織目的の実現状況の把握のため、資産の保有・稼働状況を体系的に把握・表記するための基本ツールとしての役割を果たすことができます。具体的には、以下のようなことが可能になります。

  • 年度の予算・決算情報から把握できる金銭的情報と整備・運用管理に関する事業統計における物理量との整合性をとる
  • 管理主体によるインフラへの支出が新規整備なのか、維持・更新作業なのか、大規模更新なのかといった仕分けを行う

対象となるインフラ資産に対して一定のサービス水準を維持することを目的とした上で、適切な維持管理業務や将来の更新投資の必要性などを、利用者に対して説得力を持つ形で説明するためには、工学的見地と併せて財務・会計情報の集積と開示が重要です。

インフラ会計システムの構成

アセットマネジメントを推進する上で構築するインフラ会計システムは、以下の2つにより構成されます。

  1. 対象となるインフラ資産価額と会計年度における資産(もしくは負債)の変化を記録する管理会計システム
  2. 会計年度における執行予算に基づいて想定の修繕戦略を決定する管理システム

管理会計システムは、以下の2つで構成されます。

a. インフラの劣化状態を記録する台帳システム b. インフラの資産価額とその変化を記述する管理会計

一方、管理システムは、以下の3つにより構成されます。

a. インフラの劣化過程を推定する劣化予測システム b. 劣化水準の予測値に基づいて修繕の優先順位を決定する修繕箇所選定システム c. 修繕予算を決定し、各会計年度において修繕予算を検討するための基礎情報を提供する修繕戦略システム

台帳システムは、対象インフラの管理台帳をデータベース化したものです。台帳システムには、各インフラに関する技術的状況、過去の修繕実績、過去の点検実績、点検時に観測された劣化水準が記録されます。さらに、実地点検による劣化水準の新しい観測値、修繕工事の実績情報が得られるたびに、台帳システムに記載されている情報が逐次更新されます。

管理会計は、会計年度におけるインフラの資産価額、修繕需要の評価結果とその経年的履歴を記述するものです。管理会計には、当該会計年度における管理するインフラ全体のサービス水準と資産状況が記載されるとともに、個別インフラの会計情報が全体にわたって集計化され、管理会計情報が作成されます。

インフラ機能劣化は不確実なプロセスであり、将来時点の劣化水準を確定的に予測することは不可能です。したがって、実地点検による観測値が得られれば、新しい評価値に基づいて各インフラの資産管理情報が見直されます。

一方、管理システムは、管理会計情報に基づいて、年度内に修繕が必要となるインフラをリストアップするとともに、修繕区間の優先順位を設定するシステムです。当該年度の予算制約が与えられれば、当該年度に実施される修繕対象箇所が選定されます。修繕結果に基づいて管理会計が更新されます。

インフラ資産評価

本来、インフラ会計は地方自治体の管理会計システムを構成するサブシステムとして位置付けられるべきものです。インフラ会計は対象とするインフラの効率的なアセットマネジメントに資することを目的とするものではありますが、単に各会計年度における予算の効率的配分のための情報を提供するのではなく、過去のインフラ整備の結果として実現した当該会計年度のインフラの資産価額を評価し、将来の修繕計画を合理的に作成するための管理会計情報を管理します。したがって、インフラ会計ではインフラ資産の時価評価を通じて当該インフラの修繕需要を的確に把握することを目的とした発生主義による会計処理が必要となります。

インフラ会計を構築するためには、インフラの資産価額を適切に評価する方法論が必要ですが、その開発についてはいまだ発展途上です。海外に目を向けると、欧米を中心に、国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards, IFRS)と連携した資産評価の国際評価基準(International Valuation Standards, IVS)の作成が進められています。そこでは、公正価値に基づく会計アプローチに基づき、資産評価の方法として、以下の三つが提案されています[^7]。

  1. 費用法
  2. マーケット法
  3. インカム法

今後、わが国においても、適切なインフラストラクチャーの資産評価の方法論が開発されることが求められます。

インフラ会計は、管理者がインフラのサービス水準を一定水準以上に保つための予算管理を目的とするものであり、ライフサイクルに対応した費用の発生を的確に認識・評価をすることが課題となります。インフラのライフサイクルに応じて多様な費用が発生しますが、ここではすでに供用されたインフラの運営者の立場から、インフラ資産のもたらすサービス機能を所与の水準に保つために必要となる修繕費に着目します。

一般に、企業会計における固定資産の貸借対照表計上額は、その資産の取得に要した原始取得価額(取得原価)により決定されます。貸借対照表では次年度繰越額が算定され、取得原価(または年初貸借対照表価額)との差額が費用として計上されます。しかし、一つの資産に対して一つの評価額のみが決定されるわけではありません。資産評価の方法は、以下の2点に応じて表1に示す四つの概念に分類できます。

  1. 資産の取得に要する支出額を基礎として決定するのか、あるいは、保有資産の売却によって得られる収入額を基礎として決定するのか
  2. 過去の価額を基礎とするのか、現在の価額を基礎とするのか、あるいは、将来の(予想される)価額を基礎として決定するのか

インフラの修繕予算の管理を目的とする管理会計システムは、インフラ管理主体の修繕投資能力を適切に評価することを目的としているため、再調達価額を用いることが望ましいです。

資産評価の方法支出額収入額
過去の価額取得原価-
現在の価額再調達価額正味実現可能価額
将来の価額-割引現在価値

表1 資産評価の方法

インフラのアセットマネジメントを実施するためには、インフラのサービス水準を工学的に検証し、併せて各会計年度において「現実に支出された維持補修支出額」と「工学的に設定したサービス水準を維持するために必要となる修繕費」に基づいて、インフラのサービス水準が適切に維持されているかどうかを貸借対照表上に明記できるような管理会計を構築することが求められます。

管理会計方式としては、以下の三つがあります。

  1. 更新会計
  2. 減価償却会計
  3. 繰延維持補修会計

このうち、繰延維持補修会計では資産利用に関わる費用が、当該資産を維持するために費やされるべき見積り額によって決定されます。それ以外の会計方式では、工学検討を踏まえた修繕計画に関わる情報が会計諸表の中に記載されないという欠点があります。したがって、インフラ資産の管理会計としては繰延維持補修会計方式を採用することが望ましいです。

図2には、フローとストックのバランスを表現するために、会計諸表における貸借対照表と損益計算書を統合した残高試算表のイメージを示しています。残高試算表は会計年度の期末で決算のために作成されます。なお、同図ではインフラ会計と関連する部分のみ記述しており、それ以外の会計情報を省略しています。

資産の部               負債の部
固定資産 $S$ 繰延不足維持補修引当金 $B$
繰延維持補修引当金 $M$
資本の部

費用の部 収益の部
繰延維持補修引当金繰入額 $A$
不足維持補修引当金繰入額 $E$

図2 残高試算表

繰延維持補修会計では、長期的な資産管理計画に基づいて維持補修費総額を算出するとともに、その費用総額を各年度に割り振ります。工学的検討を通じて適切な修繕時期と修繕費を算出することにより、各年度における維持補修引当金繰入額AAを費用の部に繰り入れます。当該期に実際に支出された維持補修支出額CCが維持補修引当金繰入額を超過している(CA>0C-A>0が成立する)場合、前期の負債の部の繰延維持補修引当金DDCAC-Aだけ取り崩します。

なお、あるインフラの修繕に関する繰延維持補修引当金をDDとすれば、今期の期末の繰延維持補修引当金はD=DC+AD'=D-C+Aと計上されます。逆に、補修を繰り延べたことにより、当該区間の舗装が劣化し、再調達価額を算定する際に想定した最適工法より、大規模修繕が必要になった場合を考えましょう。このとき、大規模修繕のために必要となる修繕費と最適工法による修繕費の差額を追加維持補修費として定義します。さらに、当該年度に発生した追加維持補修費相当額を不足維持補修引当金繰入額EEとして費用の部に繰り入れます。その上で、当該年度に、大規模修繕のために追加維持補修支出額FFが支出されればEFE-Fを繰延不足維持補修引当金BBに繰り入れます。すなわち、前年度期末の繰延不足維持補修引当金をBBとすれば、今期末の繰延不足維持補修引当金はB=B+EFB'=B+E-Fとなります。

インフラの資産価額は取得原価、あるいは再調達価額で評価されます。繰延維持補修会計では、インフラの劣化による資産価額の減少分が繰延維持補修引当金、および繰延不足維持補修引当金として管理会計上に現れ、各会計年度におけるインフラの資産水準を評価することが可能となります。