古代文明と土木
古代帝国と大土木事業
石器時代や原始農耕時代の小規模な地域社会では、ピラミッドのような大規模な土木事業は実現が難しく、そのためには大量の労働力を長期間占有できるだけの権力の集中が必要でした。古代における数々の大規模土木事業は、エジプト古王朝のピラミッド、シュメール王朝の神殿、秦やヤマト政権の大王陵など、地域を支配する権力者が自身の政権を正当化したり、継承させることを目的としていました。
政権がより安定化して一種の古代帝国を形成するようになると、国家の繁栄を主目的とした公共的な土木事業が展開されました。具体的には、氾濫を繰り返す川を制御し、用水路を整備して乾燥地に水を供給し、都市に水を引くことで国家の基盤を高める取り組みが行われました。これらの事業には政権にとって重要な課題があり、多大な労働力が投入され、大規模な土木工事が実施されました。この傾向は、異なる文明においても程度の差こそあれ、共通して見られるものでした。
治水問題においては、洪水予測のための暦の制定、水位観測体制の整備、堤防技術の向上などが行われ、灌漑問題では用水路の開削、砂漠地帯での地下水路の掘削、水源としての貯水池やダムの構築が進展しました。水道問題においても、地形を克服するための水路トンネルや水路橋の建設、サイフォンを活用した高圧管路の導入、都市内への配水網の整備などが土木技術の進化を促進しました。
古代におけるもう一つの重要な土木事業は、道路や運河などの交通網の建設・整備でした。巨大な帝国を建設する過程で、道路の持つ軍事的機能は、例えばローマの建国において典型的であったように、大きな役割を果たしてきました。さらに、いったんできあがった帝国を維持するためには、帝国内を結ぶ優れた情報・通信網と、食料・交易品の安全で確実な輸送網を整備することが必要でした。このような意味で、ローマの道、ペルシアのダレイオス1世の王道、メソポタミアの水路網、インドのチャンドラグプタ王の道、秦の道と隋の大運河、律令体制下の七道、インカ道など、古代文明と道路・運河とは強い結びつきを持っています。
土木史を論じる場合、国家との関係を切り離すことは難しく、各地域ごとに文明の進展には著しい時代差があります。そのため、単純に年代順に進行することはできません。この節では、エジプト、メソポタミア、ギリシャ、ローマ、インダス、中国、そして日本の順に、各地域ごとに重要な土木事業を簡潔に概観します。