衛星測位の原理とその応用
GNSSの概説
GNSS (全地球測位システム) とは
GNSS (全地球測位システム)とは、人工衛星からの信号を使用して地上の現在位置を決定する衛星測位システムの総称です。GPSはGNSSの一つであり、アメリカにより構築されているシステムです。そのほかにGLONASS(ロシア)、Galileo(欧州)、BeiDou(中国)が挙げられます。
GPSの歴史と現状
GPSは1978年に初めての衛星が打ち上げられ、1994年にシステム上の必要機数である24機が配置されました(2015年12月現在での運用機数は31)。理論上は4機の衛星をつねに観測でき、安定的に位置情報を取得できる環境となりました。加えて、GNSS受信機の小型軽量化、操作性の向上などは、土木計画学の分野でも位置情報を利用した交通調査などを容易に実施できるようにしました。
衛星測位の利用における注意点
容易に利用でき結果を得られる反面、利用環境に応じたシステムの選択(測位手法の選択)や測位誤差の解釈を的確に行う必要があります。
衛星測位を利用する際に最も考慮しなければならないことは、利用目的ならびに要求精度に応じた測位方法の決定および実際の測位環境下における測位精度です。
測位方法の分類
測位方法として、単独測位と干渉測位に大別することができます。土木計画学の分野において交通調査等では単独測位を利用する場合が多いですが、より精度を必要とする自動車走行挙動の把握等には、干渉測位が用いられる場合が多くなっています。
単独測位における測位誤差の要因
単独測位における測位原理を鑑みると、測位誤差は本質的には以下の要因に大きく影響されています。
- 衛星軌道推定位置
- 擬似距離測定
- 衛星の幾何学的配置
衛星の幾何学的配置による精度劣化を表す指標の一つとして、DOP が用いられます。
単独測位
測位原理
単独測位の基本原理
単独測位の基本原理は、衛星から受信機までの距離を観測し、それを衛星からの半径として複数の球面の交点を求めて受信機の位置として決定する方法です。衛星からの距離を正確に観測するためには、衛星から発せられた電波が受信機に到達するまでに要した時間を観測し、電波の速度(光速)と掛け合わせることで求めることができます。
時間を正確に計測するには、衛星と受信機の時刻が正確に同期されている必要がありますが、衛星は複数の原子時計による正確な時刻で発信された信号を受信機に送っている一方、受信機の時計は水晶時計であり、衛星の原子時計と比較して極端に精度が劣ります。そのため、時間誤差により距離にの差が生じます。ここでは高速です。
この誤差を含んで観測される距離のことを、誤差を持っている概略値であるという意味で擬似距離と呼んでいます。よって、この時間誤差と受信機の三次元座標の4変数が未知の変数となります。
式(15.1)は、左辺の擬似距離、右辺の第1項で真の距離、第2項で時間誤差による距離を表しています。なお、衛星の位置は衛星からの信号に含まれる軌道要素から比較的精度高く計算可能であり既知とできます。
擬似距離は測定で得られた衛星電波の伝搬時間と光速から計算される距離であり、観測誤差を含む観測量です。そのため、未知量のを最小二乗法により最確値として推計することになります。
最小二乗法による測位手法
まず、受信機の位置と時間誤差による距離を近似値と補正値の和で表せられるとします。
計算初期に近似値の数量を仮定すると、補正値が新たな未知量となります。式(15.1)は線形ではないので容易に解くことができませんが、未知数を近似値と補正値の和で表し、補正量が微小であると仮定できるならば、近似値に関してテイラー展開することで、つぎの線形方程式を得ることができます。ただし、テイラー展開はここでは一次の項までで打ち切ることとします。
ここで、は衛星までの距離の近似とする。つぎに
とすると、これらは近似値の座標点から衛星に向けた方向余弦を表しているといえる。よって、擬似距離の補正量は
となる。
4機の衛星から電波を観測したとして、行列で表現すると
と表され、またつぎのように表現できる。
補正量は
と表せます。
この補正量を用いて計算した擬似距離の差から新たな補正量を算出し、収束するまで繰り返し計算を行う。この収束計算により受信機の位置と時間誤差による距離を推計することができます。
測位精度
測位精度への影響要因
測位精度への影響要因の中で、衛星軌道推定位置の誤差や衛星の原子時計の誤差は単独測位で得られる精度に対して比較的小さく、影響の度合いは少ないといえます。
もう一つの要因である衛星の幾何的な配置は単独測位の場合、大きな影響を与える場合があります。衛星の幾何的な配置は受信機から見て半円球状の天頂および水平方向で方位角が120度ずつずれた位置に3機配置されているときに、理論的には最も高い精度が得られます。通常、地球上のどこでも最低4機以上の衛星からの信号を受信できるように設計されていますが、つねに理想的な配置が得られる保証はありません。また、高層ビルによって低仰角の衛星からの信号が遮断されることによって衛星の幾何配置が偏ることも想定されます。
遮蔽環境下では、衛星の幾何的配置が狭くなり精度の低下をもたらす原因の一つとなります。
もう一つの要因である擬似距離測定の精度に関しては、電離層遅延、対流圏遅延、マルチパスなどの要因が影響を与えます。これらが観測誤差として擬似距離の観測に影響することとなります。測位原理を振り返ると、4機の衛星から受信機への擬似距離を半径とした球面の交点が受信機の位置として推定されます。その球面自体は擬似距離の観測誤差を含む層になるので、四つの層が形成する多面体の中に受信機の位置が定められることになります。衛星の幾何学的な配置によってその多面体 の体積が変化し、その変化に応じて測位精度が変化することになります。よって、その体積が小さくなれば精度が向上することになります。この衛星の幾何学的な配置による精度の低下率を表す指標として、幾何学的精度劣化率(geometrical dilution of precision, GDOP)が用いられています。
この指標に関して導出過程を踏まえて説明します。最小二乗法による解(補正量)の精度は、解の分散で表されます。誤差伝播の法則から補正量の分散は
と表されます。
ここで、擬似距離に一定の誤差があって相互に無相関のとき
となります。簡単のためとすると
となります。
この対角成分を測位精度の尺度としてわかりやすくしたものが幾何学的な精度低下率DOPであり、つぎのとおり表されます。
GDOPを分割して空間座標に関する部分と時計に関する部分を分けて
とします。また、これ以外に水平方向の精度劣化率を表すHDOP(horizontal DOP)、上下方向の精度劣化率を表すVDOP(vertical DOP)などがあります。
具体的にDOPは式(15.7)の行列で表現されているので、観測地点から衛星への仰角と方位角により表すことができます。よって、測位時の4機の衛星の位置からDOPを事前に計算することができます。
先ほど述べたとおり、天頂に1機、および水平方向で方位角が120度ずつ離れた位置に3機配置されている場合が、DOP値が最小になります。一般にDOP値が少ないほど衛星の幾何配置が良好であり、位置推定精度は向上することになります。しかし、擬似距離に一定の誤差を仮定していることなどから、DOP値がある値のときに位置推定精度を何mと保証する指標ではないことに注意が必要です。
マルチパス誤差
擬似距離の観測に直接影響するマルチパス誤差は、衛星から送信された信号が地面や構造物に反射して受信機に届いてしまうことによる誤差です。本来であれば受信機に直接届く電波(直接波)ではなく、反射して届いた反射波を利用して測位してしまうことによる誤差です。特にトタン屋根や看板など電波を反射しやすい構造物の近くでの測位には注意が必要です。ソフトウェアにおける対策とハードウェア上の対策があります。ソフトウェアにおいては、影響を受けやすい低仰角の衛星を利用しないことが基本ですが、反射した電波の信号強度が劣ることを利用して利用する衛星を取捨選択し誤差を低減する対策もあります。
建物と衛星の軌跡が重複する位置にある衛星からは直接波を受信できないので、例えば、建物がある位置から衛星信号を受信していればマルチパスの可能性があるとして、測位に用いる衛星から除去する対策をとることができます。
干渉測位
測位原理
干渉測位は、二つの受信機で衛星から搬送波の位相の差を利用して測位する手法です。
搬送波はサイン波形で表され、その位相とは波の位相角のことです。位相の差とは、受信機で受信した衛星からの搬送波と受信機で生成した搬送波レプリカの二つの信号の差のことです。この位相差を用いた擬似距離の導出は、文献[^5]に譲りますが、本項では基本的な原理を概説します。位相差により算出する擬似距離は、衛星から受信機までの波数に波長を掛けた数値と時計誤差による誤差距離の和として表すことができます。
図15.4 に示すとおり、観測開始時()には観測開始時の波数の小数部分である位相角と、観測開始後()には時刻の変化に伴う波数の変化(位相積算値)を受信機で観測することができます。この位相積算値に波長を掛ければ擬似距離を算出することができます。一方、衛星から受信機までいくつの波数が含まれているかを計測することはできません。波数を数え上げられない理由として、単独測位では衛星時計の時刻情報を含んだ信号コードを送信していたのに対して、干渉測位の位相にはそれが含まれないためです。観測開始時に観測できない波数の整数値部分のことを整数値バイアスと呼びます。
干渉測位に用いられる代表的な電波であるL1帯の波長は約19cmです。干渉測位用の受信機では、搬送波の位相を100分の1より短い周期で観測できるため、ミリメートル精度での測定が可能です。干渉測位で、この分解能で測定するには、単独測位では考慮しなかった衛星時計の精度も無視することができなくなります。干渉測位では、1機の衛星から二つの受信機への位相積算値の差(行路差)をとることで衛星時計の誤差を取り除きます。つぎに、2機の衛星から二つの受信機への行路差の差を考慮することで、受信機時計の誤差を取り除きます。
行路差の差と整数値バイアスとの差は二重位相差と呼ばれ、二重位相差は観測することができるので、整数値バイアスを決定できれば行路差の差を求めることができます。一方、行路差の差は、2機の受信機のうち1機の受信機の位置は既知とするので、もう一方の未知点の三次元座標を含む数学モデルで表すことができます。4機の衛星からの3個の組合せ(二重位相差)を用いて、三つの未知数を決定することができます。