7.3 交通容量上のボトルネックと交通渋滞
交通渋滞は道路交通においてきわめて普遍的に発生する問題であり、多くの人々が影響を受けるため、道路交通管理においては最も重要な課題の一つである。本節では交通渋滞現象のメカニズムを概説するとともに、交通渋滞対策の代表的な手法を最近の事例を交えて紹介する。
7.3.1 交通渋滞の理論
(1) ボトルネックと交通渋滞
I編4.3.1項でも述べられているように、道路には一定時間内に断面を通過できる車両数の最大値があり、これを交通容量(traffic capacity)と呼ぶ。交通容量は道路の幾何構造(車線数など)により異なり、同じ路線上でも勾配条件など地点により異なる。ここで、ある範囲の道路区間における交通容量を調べた場合に、その中で交通容量が最も低い地点を、交通容量上のボトルネック(bottleneck)と呼ぶ。
これらの用語を用いると、交通渋滞(traffic congestion)は、「ある道路区間にボトルネック交通容量を超える交通需要(traffic demand)が流入した場合に、ボトルネックを先頭にしてその上流側に車両列が滞留する状態」と定義することができる。図7.4はこれを模式的に表したもので、対象区間内で最も交通容量の低い地点がボトルネックとなり、そこを先頭に待ち行列(queue)が発生する様子を描いている。
ボトルネックは大きく、道路幾何構造条件によるものと交通条件によるものに分類される。前者の例として、車線減少部、合流部、サグ部、交差点などがある。ここでサグ(sag)とは、下り坂から上り坂のように縦断勾配が変化する地点のことである。一方、後者の例には路上駐車や故障車などがあり、また速度の遅い車両を先頭に渋滞が発生している状況では、その車両をmoving bottleneckと呼ぶことがある。
(2) 交通量累積図による渋滞の分析
交通渋滞の解析を行う際、ボトルネックの上流側(流入)と下流側(流出)の2地点において、横軸に時刻をとり車両が通過する時刻ごとに通過台数を上に積み上げるようにグラフを描くと、図7.5のような2本の階段状の線を描くことができる。通常は、これを滑らかな曲線で近似して累積交通量曲線(cumulative curve)と呼び、これを示した図を交通量累積図という。この図において、2本の曲線の水平方向の間隔は、その車両の2地点間の旅行時間を表す。また曲線の傾きは、単位時間当り何台の車両が通過したか、すなわち交通流率を表す。
観測開始から交通流率が小さい間は、2本の曲線は2地点間の自由旅行時間分だけ水平に離れて平行に推移する。やがて、流入交通流率が増加し上流側の曲線の傾きが急になっても、下流側の曲線の傾きはある程度までしか大きくならない。この傾きがボトルネック交通容量である。このとき、2本の曲線の水平方向の間隔は自由旅行時間より大きくなり、この増加分が渋滞によりその車両が被った遅れ時間(delay)を表す。そして、通過したすべての車両について遅れ時間を足し合わせることは、図の網掛け部分の面積を求めることに相当し、これが渋滞による総遅れ時間(total delay)である。このように、交通量累積図を用いると、渋滞による遅れ時間を視覚的に表現することができる。
なお、交通量累積図を用いて上記のような分析を行う場合、車両の動きに以下の二つのルールを仮定する。一つは、先に道路区間に流入した車両は先に流出する、すなわち、区間内で追越しは発生しないというものであり、先入れ先出し(first-in first-out、FIFO)と呼ばれる。もう一つは、渋滞列は物理的な長さを持たないという仮定であり、縦積み行列(vertical-queue またはpoint-queue)と呼ばれる。一つ目の仮定により、2本の累積交通量曲線の水平方向の間隔は、1台の車両の2地点間の旅行時間と解釈することができる。また二つ目の仮定により、この2地点をボトルネックの直前直後に(自由旅行時間が0となるように)とることができ、以降の図ではこの状態を描いている。
図7.6は交通量累積図とともに、交通流率と渋滞長の時刻変動を示したものである。ボトルネックの交通容量は交通量累積図では傾き、交通流率図では高さで表される。時刻で流入交通流率が交通容量を超えると累積流入曲線と累積流出曲線に乖離が生じ、この縦方向の差が渋滞内の滞留台数を表す。また、渋滞長図ではボトルネックを先頭にその上流側に渋滞流が形成され、この内部では個々の車両の車両軌跡の傾きが緩やかになっており、走行速度が低下していることを表している。流入需要は時刻で最大となり、その後時刻で交通容量に再び一致する。この時刻で渋滞長は最大値となり、また、このとき流入した車両の遅れ時間は最大値となる。時刻を過ぎて流入交通流率が交通容量を下回ると渋滞長は縮小に転じ、累積流入曲線と累積流出曲線が一致する時刻に渋滞が解消する。これは交通流率図では、流入交通流率が交通容量を上回ってからの面積と下回ってからの面積(図の斜線部分)が等しくなる時刻となる。交通流率図からわかるように、一般的には、需要(流入交通流率)が交通容量を超過する時間と比較して渋滞が継続する時間はかなり長くなる。また、渋滞長が最も長くなる時刻には、需要超過はすでに終了している。
(3) 渋滞の延伸と衝撃波理論
ボトルネックの上流側に形成される渋滞の伸び縮みを知るためには、渋滞を構成する待ち行列末尾がどう移動するかがわかればよい。この末尾は、上流側の自由流と下流側の渋滞流の境界面となっており、この面上で交通流は不連続となっている。境界面の上流側(自由流)の交通流率を、交通密度をとし、下流側(渋滞流)の交通流率はボトルネック交通容量に等しいので、その交通密度をとすると、この境界面の移動速度は式(7.1)で与えられる。
...(7.1)
この境界面の移動を衝撃波(shock wave)と呼び、を衝撃波の伝播速度と呼ぶ。理論的な背景について詳しくはI編4.3.2項を参照されたい。図7.7はこれを図で表したものであり、境界面の上流側と下流側の交通状態を表す二つの点とを結ぶ線分の傾きが、衝撃波の伝播速度となることがわかる。ここでの符号が負となるが、これは境界面が交通流と逆方向へ伝播することを意味している。
7.3.2 交通渋滞と交通容量の実態
(1) 交通容量に関する技術指針
道路の交通容量に関する研究はアメリカを中心に発展し、その成果の集大成として1950年に「Highway Capacity Manual (HCM)」が完成した。これは道路の交通容量とサービス水準を求める手法を示した技術指針であり、アメリカにおける道路の計画、設計、運用の実務で大きな役割を果たしているのみならず、アメリカ以外の国々で策定されている同様な指針にも、多大な影響を与えている。HCMはその後の研究成果を反映して改訂が繰り返されており、現時点での最新版はHCM20101である。