国家賠償法
国家賠償法の全体像
国家賠償制度成立の経緯
大日本帝国憲法の下では、国家は過ちを犯さないと考えられており、国や公共団体の違法な行為により損害が発生したとしても、国民は損害賠償請求をすることはできないとされていました(これを国家無答責の原則といいます)。
もっとも、これではあまりに国民にとって不利益ですから、日本国憲法は、17 条という条文を置いて国や公共団体に対する損害賠償請求(これを国家賠償請求といいます)を認め、これを受けて国家賠償法という法律が作られました。これにより、国家賠償制度が確立することとなりました。
旧行政裁判法 16 条も、「行政裁判所ハ損害要償ノ訴訟ヲ受理セス」と規定して、国家賠償を請求する訴えを認めていなかった。
国家賠償法の仕組み
国家賠償法は、たった 6 条しかない法律です。
そして、人(公務員)の行為により生じた損害については 1 条が、物(公物)により生じた損害については 2 条が、それぞれ国家賠償請求を認めています。これにより、国や公共団体の違法な行為によって生じた損害については、大体の場合、金銭で穴埋めすることができます。
なお、3 条〜6 条は、1 条の場合と 2 条の場合に共通して適用されるルールを定めています。
国家賠償法 1 条
要件
国家賠償法 1 条 1 項は、以下の要件をすべて満たした場合、国家賠償請求が認められます。
- 国又は公共団体の
- 公権力の行使に当たる
- 公務員が、
- その職務を行うについて、
- 故意又は過失によって、
- 違法に
- 他人に損害を加えたとき
1. 国又は公共団体
「国又は公共団体」とは、「公権力の行使」を行った者が所属する団体を意味します。
指定確認検査機関による確認に関する事務は、建築主事による確認に関する事務の場合と同様に、地方公共団体の事務である(最決平17.6.24)。
指定確認検査機関による確認に関する事務は、建築主事による確認に関する事務の場合と同様に、地方公共団体の事務である(最決平 17.6.24)。
都道府県警察の警察官が警察の責務の範囲に属する交通犯罪の捜査を行うことは、検察官が自ら行う犯罪の捜査の補助に係るものであるときのような例外的な場合を除いて、当該都道府県の公権力の行使にほかならない(最判昭 54.7.10)。
2. 公権力の行使
「公権力の行使」とは、国や公共団体の活動から、純粋な私的経済作用と 2 条の対象となる公の営造物の設置・管理を除いたすべてのものを意味すると広く捉えられています。
したがって、「公権力の行使」には、行政権のみならず、立法権(最判昭 60.11.21)や司法権(最判昭 57.3.12)も含まれます。
また、公立学校における教師の教育活動(最判昭 62.2.20)や課外クラブ活動中に教師が生徒に対して行う監視・指導(最判昭 58.2.18)などの事実上の行為も含まれます。
勾留されている患者に対して拘置所職員たる医師が行う医療行為は「公権力の行使」に該当するが(最判平 17.12.8)、国家公務員の定期健康診断における国嘱託の保健所勤務医師による検診(最判昭 57.4.1)は「公権力の行使」に当たらない。
3. 公務員
「公務員」には、国家公務員・地方公務員のみならず、公権力の行使を委任されている民間人も含まれます。
なお、公権力の行使を行った公務員が誰であるかを特定できなかったとしても、一連の行為のうちのいずれかに故意又は過失による違法行為があったのでなければ被害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、これによる被害につき専ら国又は公共団体が損害賠償責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、損害賠償責任を負います(最判昭 57.4.1)。
都道府県の措置に基づき社会福祉法人の設置・運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員等による養育監護行為は、都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である(最判平 19.1.25)。
4. 職務を行うについて
国家賠償法 1 条 1 項は、公務員が「その職務を行うについて」と規定し、公務員による侵害行為が「職務行為」であることを要件としています。
しかし、「職務行為」を厳密に考えると、被害者の救済という観点から問題が生ずるため、最高裁判所の判例は、公務員が客観的に職務執行の外形を備える行為をし、これによって他人に損害を加えた場合、国又は公共団体は、損害賠償責任を負うとしています(最判昭 31.11.30)。このような考え方を外形標準説といいます。
5. 故意・過失
「故意」とはわざとという意味であり、「過失」とは不注意でという意味です。
6. 違法性
「違法」とは、単に法令に違反するという意味ではなく、客観的に公正を欠くことを意味します。
刑事事件において無罪の判決が 確定したというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留、公訴の提起・追行、起訴後の勾留が違法となるということはない(最判昭 53.10.20)。
政府が物価の安定等の政策目標を実現するために具体的にいかなる措置をとるべきかは、事の性質上専ら政府の裁量的な政策判断に委ねられている事柄であって、具体的な措置についての判断を誤ったためその目標を達成できなかったとしても、法律上の義務違反ないし違法行為として国家賠償法上の損害賠償責任の問題は生じない(最判昭 57.7.15)。
最重要判例
裁判官がした争訟の裁判の違法性(最判昭57.3.12)
事案 | 民事裁判で敗訴した当事者が、判決を行った裁判官が本来適用されるべき法律を適用せずに自分を敗訴させたことは違法であるとして、国家賠償請求訴訟を提起した。 |
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結論 | 国家賠償請求は認められない。 |
判旨 | 裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるものではなく、この責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする。 |
最重要判例
パトカーによる追跡行調の違法性(最判昭 61.2.27)
事案 | 警察官が速度違反をして逃走中の乗用車をパトカーで追跡したところ、その乗用車が衝突事故を起こしたため、衝突事故の被害者が、パトカーによる追跡行為は違法であるとして、国家賠償請求訴訟を提起した。 |
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結論 | 国家賠償請求は認められない。 |
判旨 | 警察官が車両で逃走する者をパトカーで追跡する職務の執行中に、逃走車両の走行により第三者が損害を被った場合において、 当該追跡行為が、違法というためには、当該追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、又は逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が、不相当であることを要する。 |
最重要判例
税務署長による所得税更正処分の違法性(最判平 5.3.11)
事案 | 税務署長が所得税更正処分をなしたため、当該処分の名あて人が、当該処分の取消訴訟を提起し、当該処分の一部を取り消す判決が確定した。そこで、当該処分の名あて人が、税務署長の行った所得税更正処分により被った営業損害及び慰謝料等について、国家賠償請求訴訟を提起した。 |
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結論 | 国家賠償請求は認められない。 |
判旨 | 税務 署長のする所得税の更正処分は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法 1 条 1 項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、 これに基づき課税要件事実を認定・判断する上で、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り、このような評価を受ける。 |
なお、行政庁が法律上の規制権限を行使しなかったことにより国民が損害を受けた場合、法令の趣旨・目的やその権限の性質に照らし、著しく合理性を欠くときには、被害者との関係で違法となります(最判平 16.10.15)。
7. 損害の発生
「損害」には、生命・身体・財産に関する損害のほか、精神的損害も含まれます。
免責事由
国家賠償法 1 条 1 項には、使用者責任(民法 715 条 1 項ただし書)のような免責事由が規定されていません。
したがって、国又は公共団体は、公務員の選任及びその公務の監督について相当の注意をしていたとしても、国家賠償法 1 条 1 項に基づく損害賠償責任を負います。